2012/03/25

八ヶ岳の愉快な仲間達

 八ヶ岳には本当に興味深い愉快な仲間達がいます。年齢に関係なくそういう人達の集まりに時々呼んで貰って楽しい時間を過ごさせて貰っています。昨晩もそういう人達の集まりがありました。

 昨晩の集まりはちょっと変わった人達(失礼)の集まりで(そういう自分は怪しくないと思っているのですが他人に言わせると「あんたも充分怪しい」と言われます)何が怪しいかと言いますと、昨晩は初めてお会いする人が何人か居られたのですが最初の挨拶が「初めまして、あなたはどちらからですか?」「はい私はシリウス星のほうから・・」「そうですか、私はアンドロメダの方でして・・」なんて会話が普通に交わされておりましてこれが別にふざけている訳ではなくて極めてまじめに行われている(笑)のが面白いところなのです。

 私なんて自分の星なんて知る訳もないし「自分の星って何?」てな感じなので話を聞いていると人類は全て宇宙のかなたからやってきてやっと地球に到着したのだけれど原子の中に蓄えられた代々の記憶は肉体が更新される度に昔の記憶が消されるので中々自分が昔、どこに居たのか分からないのだそうです。

 では自分の星がどこだったか分かる簡単な方法はないのかと聞くと「夜空を見上げて何となく気になる星が必ずあるからそこがあなたの生まれ故郷だ」と言われるナルホド(笑)そこでいたく納得してしまう自分も何だかなと思うのですが何となく説得力があり自分の中でも「そうか、そうだったんだ」と共感する部分があるので怖いですね~。

 昨晩来られてた別のご夫婦のご主人が先日とうとうUFOを見てしまったと仰る。そのご主人はこういう会話を全く信用せず今までも「そんな根拠のない事を・・」とどちらかというと現実派の人であったそうです。だから自分は普通の人間なのだと・・・それがとうとうつい数日前にUFOに遭遇してしまったそうなのです。

 「先日、庭で作業してたら何だかバットの素振りをするような音が聞こえてきて何だろう?と思って廻りを見渡しても誰もいない。変だなと思って真上を見上げると透明な乳白色をした物体がクルクル廻っていてそれが森の中を移動して行ったんだ。慌てて家族を呼びにいったら作業を手伝って貰っていたアルバイトの子が自分を見て「マスクが・・」というので自分が掛けていたマスクを見ると鼻血で真っ赤になっていたんだよ」と話された。

 それを聞いていた私の隣に座っておられる事情通の方が「あ~やられましたね。完全に実験台にされましたね」と言われる。「そんな訳ないよ。だって自分はずっとそこにいて見ていたんだからそんな時間はないよ」と、そこで私が「それは地球時間での話ですよね。UFOの中での記憶は消されているし自分では気づかないと思いますがきっと長い間宇宙船の中にいたはずですよ」と・・・何で自分がそんな事を知ったかぶりに発言したのか自分でも分かりませんがとにかく私がその方にそう伝えてしまったのです。

 そうすると皆さん納得顔で「そうそう、もしかしたら1年位居たかもよ、地球上では一瞬だからね」と言われる。そうするとご主人はちょっと心配顔で「そういえばUFO見る前から変な事あったんだよね。庭に居る時に誰かに「コラッ」と怒られて何だ何だ?と思って廻りを見廻しても誰も居ないんだよね」あの日は何だか変な日だったよね。と言われる。どうもUFOに拉致される運命にあったようです(笑)

 実は八ヶ岳にはこういう人達がUFOに関して情報交換する真面目なイベントがありUFOコンベンションと言います。今年で3回目位になるのですがHPはこちらです→http://yatsucon.exblog.jp/ このイベントには毎回多数の参加者が応募してきていつも満員の状態です。それだけ賛同者が多いということだと思います。

 昨晩の集まりにはこのイベントの呼びかけ人の人達も参加していました。いつも思うのですがこういう人達はきっと八ヶ岳に呼ばれて集まって来ているのですね。何せ八ヶ岳には縄文時代の遺跡が山ほど発掘されているのでキット我々は現代の縄文人にあたるのかも知れません。いや~八ヶ岳には面白い人が沢山住んでいます。

2012/03/17

市議会傍聴記(本会議編)

 昨日、私の住んでいる北杜市の平成24年第1回定例議会本会議が開催されたので傍聴してきました。前回、傍聴したのは委員会でこれは小さな部屋で開催されたのを後ろの席で聞いたのですが、今回は本会議なので市長も出席して本会議場で開催されたものです。

 傍聴席もちゃんとした席が50席程用意され記者席も設けられています。ここで議会の様子を見るのですが傍聴席の前に議員が座る二人掛けの席があり我々傍聴者は議員達の様子を後ろから見る事になります。

 その反対側に市役所の担当者達が市長も含めて座っており傍聴席からは向かい合う様になります。そしてその真ん中に議長・副議長席があります。議事進行は議長が行うのですが大体1時間毎に小休憩が設けられその時に外に出ると議員達とトイレの奪い合い(笑)という事になります。

 北杜市の議員定数は22名ですが田舎の議会ですので傍聴席に知り合いがいたりして「あらっ?今日は何時頃帰る?」なんて話も聞こえてきます。

 そしてこの会議場で将来の北杜市民の暮らしを左右するかもしれない重要な議題が審議されました。それは「中部日本横断自動車道の建設促進を請願する」議案です。賛成・反対の討論が行われた後、採決がとられ賛成16反対5(議長は裁決に参加せず)で建設促進が採択されました。

 これはあくまで国の事業に対して地元の市として早期建設をお願いする文章を提出するものなのでこれで建設が決まった訳ではありませんが地元の市としては「賛成です」と国に回答した事になります。

 勿論、地元にも賛成意見、反対意見それぞれが有って当たり前なので(私自身は反対です)採決そのものは理解するのですがそこに到る経緯は決してフェアなものとは言えないやり方でした。

 詳しくはここでは述べませんが、かつて市町村合併で「北杜市」が誕生した時と同じような厭な印象が残りました。北杜市が決定した時も市側は住民投票で決定するといいながら住民投票の結果1番多かった「八ヶ岳市」を特定の地名がついた名前は除外するという後だしジャンケンのような屁理屈を持ち出して「北杜市」に決めてしまいました。

 余談ですが「北杜市」という名前は一字違いで「北斗市」が北海道の函館の西側にあります。面積は山梨の北杜市のほうが5割程広いのですが人口はほぼ同程度です。どうしても「北杜市」という名前は東北・北海道地方を思ってしまう地名でいまでもこの地名に決まった事が残念でなりません。決まってしまった事は仕方ないことですが・・

 今回も何故か地元北杜市観光協会と商工会が同じタイミングで議会に対し早期建設を願う請願書を提出しそれを受けて市議会で審議が行われるという出来レースの様な審議で初めから決まっていたかのような印象を受けました。

 しかし、この議会運営、前回も書きましたが議長が延々と続く議案に対し「第○○議案につきましては○○委員会委員長の報告が終わりました」「引き続き審議に移ります」「討論はありますか?」「議長!」「討論を認めます○○君」「○番○○です。第○○議案について反対の立場から討論を致します・・」「議長!」「○○君」「○番○○です。第○○議案について賛成の立場から討論を致します・・・」「他に討論はありますか?」「なし!」「討論なしと認めます」「引き続き採決に移ります。第○○議案に対して賛成の諸君の起立を求めます。尚、委員長報告は議案に賛成であります」「起立多数、従いまして第○○議案は採択されました」という文言が延々と続きます。

 何だかこういっては大変失礼ですが昔、小学校の時にクラス会のやり方を勉強として教えて貰った時を思い出しました。クラス委員が前にでて議事進行をするのですがその時に様々な決まり事を決めて、例えば議長は裁決に参加しない。議長がどうしても意見を言いたい時は前の席から自分の席まで戻ってから手を挙げて発言する。書記が黒板に皆の意見を書いていく。何て決まり事を決めて討論するのが何だか大人になったようで自分が偉くなったような気がして嬉しかったのですが何となくその時の事を思い出してしまいました(失礼)

 私、思いました。「市議会議長は早口言葉が話せないと絶対勤まらない(笑)」とだって延々と同じ言葉をこれでもかと繰り返し繰り返し喋り続けるわけですからよほど忍耐強くないと務まらないと思うのです。一字一句間違って発言すると直ぐに書記から言い直しの指摘が入り言い直すのです。

 昨日の議会でも多分100回以上の議会運営言葉を繰り返し叫び続けたと思います。思うけどこんな事やってるから市民から政治が離れていくのではないかな?だって傍聴していてもちっとも楽しくないし議員の本音が聞こえてこないのです。初めから決められた議案を決められた手続きのとおり進めていくだけで発言の言葉も議会言葉の繰り返しで一般市民には全く理解出来ません。

 もっと本音で普通の言葉で市民の心に響くような言葉を話してほしいです。与党だった議員がこの議案だけは裏切って野党に賛成してしまったとか議論が白熱して掴みかからんばかりの乱闘寸前になってしまうとか(笑)議長が「どうせ、ここからここまでの議案は皆、賛成でしょ?だったらはしょっていいよね」とかもっと人間らしい話合いをしてくれれば傍聴する人も増えると思うな。

 それに皆さん、議員は選挙の時と議会活動の時は違う人になってしまう事もありますよ。良く観察していないと、とんでもない人を議員に選んでしまうかもしれませんよ。

2012/03/09

市議会傍聴記

実は政治の世界が大嫌いです。勿論、一般市民として政治に関心が無い訳ではありません。それなりに普通の方と同じように今の政治について考えることはあるのですがどうも好きになれません。

 以前、東京でサラリーマンをしている時に当時の○○省に関係する仕事をしており勿論、勤めていた会社は民間会社ですが代々の役員はいわゆるそこの天下りでして仕事の内容も詳しくは言えないのですが公共事業に関係する内容があったのです。

 私はその折衝窓口的な仕事をしており所謂、キャリアー組の方やノンキャリアーの事務方の方達とも打ち合わせする機会が多かったのです。そこで仕事をしていればそりゃいろいろとある訳で(笑)余り、人様に胸張って言えないような事も業務としてやらざる得ない事もありました。

 そんなこんなで政治の裏側を見る機会がありすっかり厭になってしまったのです。しかし、それでも当時の日本を動かしていたのは間違いなくそういう人達であり一般市民が知る由もない所で政治というのは動いているのだなと痛感させられました。

 以来、どうも政治から始まって一般の行政や役場までも含めて嫌いになってしまいました。出来れば遠回りしてすませたいと思っています。しかしながらこうして社会人として会社を経営し役場とも全く関係しないという訳にもいかず申請業務や建築確認等では避けて通れない訳で大半の事はスタッフがやってくれるのですがそれでもやはりノータッチという訳にもいかないのです。

 昔は自分で役場の申請関係も一人でやっていたのでその関係で地元の町議会の議員さんに一応挨拶しておいた方が良いと知り合いに言われ挨拶に行ったら、いきなり町役場のロビーで恫喝され「???」状態で「何でこの人は怒ってるんだろ?」と思いましたが隣にお客様も一緒だったので「ここは頭を下げるしかないか」と訳も分からずとりあえず謝ったら要は「俺に挨拶もなしに仕事していたのか」という事らしくて帰ってから、挨拶に行った方が良いと言ってくれた知人に「こんなだったよ」と報告すると「気にしなくていいよ。あの人は誰がきてもワザと皆の見ている前で叱り飛ばして自分の威厳を保っている人だから」と言われ。「それを先に言ってよ(笑)」とガッカリして再びこの地にきてもすっかり役場が嫌いになってしまいそれ以来、ここでも出来るだけ行政の方や役場の方達とは距離を置く様にしてきました。

 しかし、日本中どこへ行ってもこの手の話はある訳で特にここがひどいという訳ではないし東京に居る時はもっとひどい目に遭ってきたのでとにかく「触らぬ神に祟りなし」と自分では決めていました。

 しかし、先日から中部横断自動車道の建設に反対する運動によせばいいのに参画してしまい署名活動なんかしてしまったもんだから署名を集める以上、署名して頂いた方にちゃんと説明しなくては申し訳ないと建設推進の請願書を審議している市議会の傍聴に言ってきました。

 勿論、こういう事は逃げ回っていた(笑)自分ですので議会傍聴なんて初めてなので傍聴手続きをしていると担当の方に「兎に角静かにしてジッと聞くだけですからね。良いですね」と念を押され、どうも私が反対の意思をもって議場で何かしでかしやしないかと疑われているようで(笑)マア、そんな事はなくきっと傍聴する人には皆、同じ注意をしているのだろうと思いますが。

 そして当然ながら審議は中部横断道の建設推進請願だけを審議する訳ではないので平成24年度の予算審議は延々と進みそれを聞いているだけで既に来た事を後悔(笑)し始めたのですがここは我慢我慢と辛抱して議題の最後になる請願書の審議を待ちました。

 しかし、議会運営というのはどこもそうでしょうが議会独特の専門用語と決まり言葉が延々と続き「○○君の発言を求めます」「ハイ議長!」的なやりとりが延々と繰り返され、あれってやってる方は可笑しいと思わないのでしょうかね?勿論、議会運営の決まりごとがあって議長がそういう定型文言を言わなくてはならないのだと言う事は理解していますがあれを一般の会社でやってたら怒られますよね。

 変えようと思わないのでしょうか?きっとあのテレビで見かける国会審議の真似をしているのだと思いますがあのやり方が議員たる自分達の独特の価値観でステータスシンボルみたいな事になっているのでしょうね。私には茶番(失礼)にしか思えません。

 もっと事前に資料を配り内容を把握して上で質疑応答を自由にすれば半分以下の時間で終わるとおもうのですがね。それと議会活動についてはもっと一般開放して審議内容をネット中継するなりしてくれれば平日の日中に議会が開催されても多くの人がその内容を見る事ができるのになと思います。

 しかし、議会傍聴は良い経験になりました。機会があればもっと多くの方が見た方が良いと感じました。見られると人は真面目にやらざる得なくなりますから(笑)

2012/02/27

「いのち」の歌

 この話を書くべきか実は大いに迷ったのですが、昨年の東日本大震災以来、「いのち」について色々考えさせられました。東日本大震災では多くの方の尊い「いのち」が犠牲になり又、私の廻りでも震災以外で昨年から今年にかけて「いのち」をなくされた方がいます。

 それは前の会社の同僚だったり地元で一緒に市民活動をしていた知人だったり、掛かりつけのお医者さんだったり、当社の大切なお客様だったりした方です。

 段々、年齢を重ねるにつれてどうしても考える機会が増え、そして避けて通れない道がこの「いのち」の終わり方です。日本では自宅で最期を迎えられる幸な方はほんの一握りにしか過ぎません。多くの場合は東日本大震災のように突然襲われる災害や事故、あるいは病気によって「いのち」の最後を病院か屋外で迎えるケースがほとんどです。近年、漸く終末医療についての議論が活発になり自宅で最期の時を迎えると言う事について理解が進んできましたが、それでもまだまだこれからだと思います。

 「生きる」と言う事はすなわちいつかは「死ぬ」と言う事と同じ意味があると私は思っています。私は今年57歳になります。知人からは「まだまだこれからだよ」と言われるケースがほとんどですがそれでも同級生や同僚の死を知らされる度に少なくても心の底に何らかの「覚悟」みたいなものはどうしても感じざる得なくなってきます。

 しかし、逆に「今日も生きているのだからそれだけでも幸せなんだ」とも思えます。「いのち」が消える時、それは肉体の終わりかもしれませんが決してその人の存在が無くなる訳ではありません。

 生きている間に共に時間を共有した家族や友人の心の中には何時までもその人の存在は残ります。そして徐々に時間が経つにつれてその記憶も薄れていくのですが、私はきっと「いのち」が終わった時に新しい「いのち」の記憶がどこかに新たに伝えられるのだろうと思っています。しかし、残念ながら昔の記憶は新しい「いのち」の中では封印されどっか奥深い所にしまわれそれが時々「デジャブ」のように顔を出すのだと理解しています。

 ひとつの「いのち」が失われる時、同じ時間を共有した廻りの人達には深い悲しみが訪れます。私も涙もろいので「泣くまい」と思っていてもつい涙が頬を伝わってしまう事があって困ってしまいます。先日もやはり葬儀に出席させて頂いて泣くまいと思ったのですが駄目でした。

 しかし、時間が経てばきっと家族の人や友人の方もきっと立ち直ってくれると思います。だってその人の「いのち」は又きっと新しい「いのち」となってどこかで生まれていると思うからです。

 自分にもいつかその時が訪れると思います。それが何時かは分かりませんがそれまでは神様が残してくれた「いのち」の時間を○○ばあちゃんの言葉ではありませんが「いのちがあるだけで丸儲!」と思って過ごして行きたいと思います。

2012/02/23

正倉院正倉整備工事見学会・・落選

Syousouin私は正倉院正倉が大好きで何せ世界最古のログハウスとも言われているので一日見ていても飽きない程なのです。その正倉院正倉が大正2年の解体修理から約100年を経過し今年屋根の葺き替えをする事になりました。そこで現場が100年ぶりに公開される事になり早速見学会に応募しました。その見学通知書がやっと届きました!やった~!と思ったのもつかの間、「あれっ?」確か1枚の葉書で6人までと書いたあったので当社はスタッフ8人なので2枚書いて応募したはずなのに?と思っていたらもう一枚には落選通知が・・・ショック!当然、私の名前で出した方が落選、スタッフの名前で出した方が当選。これって普段の行いの差?(笑)仕方無い、工事中にまだあと4回チャンスがあるみたいだから次回にもちこしだ~チクショー絶対リベンジしてやるぞ!何せ、もう生きてる間には見えないんだから。皆さんも是非、見たい方はどうぞチャレンジして下さい。

2012/02/18

スピリチュアルライフの薦め

 世の中、経済発展が当たり前だと思っていた右肩上がりの日本経済がすっかり右肩下がりになってしまい暗い影が漂っています。でも、私はこれはこれで良かったと思います。

 経済発展に不可欠だと言われその電力需要を補うのに生みだされた原子力発電所が実は恐ろしい環境破壊を起こす事に人々はやっと気が付き経済発展だけが人間の幸せに繋がるものではないと思う様になりました。物質的な満足も必要かもしれませんが実は精神的な安定が今、一番必要だと私は思います。

 私が八ヶ岳の森の中に住むようになったのも実は東京という都会で暮らし、ある程度の経済的に安定した生活がステータスシンボルだとされていた暮らしにどっか心の中で違和感を感じていたのかも知れません。

 敢えて家族5人で不便な八ヶ岳の森の中に住み子供達は片道1時間半かけて学校に通い新聞も配達されない不便極まりない生活に飛び込んだ訳ですが、それでも決して不便で泣く事はありませんでした。むしろそれを楽しんだような気がします。「不便=自然が一杯」という方程式で私は不便さと引き換えに自然豊かな暮らしを手に入れ小さいながらも自分の土地とログハウスを手に入れてここで20年住んでいます。

 そしてこの地でとても楽しい人々との出会いがあり刺激溢れる生活を楽しんでいます。とくに最近はスピリチュアルな人との出会いや交流があり、そういう人達との会話はとても楽しく時間が経つのも忘れてしまう程です。

 先日も「○○山にはさ~ストーンサークルの跡があってさ、ちょっと霊気が乱れてたからこの前、直してきたよ」とか「うちのカミさんが飼ってる龍は○○っていう名前だけど龍はね、お願いしちゃ駄目らしいよ命令しないと言う事聞かないらしい」とか「この前あった人はどうやら祖先は○○星雲から来た○○人らしい」とか、ちょっと普通の人が聞けば「この人可笑しいんじゃない?」と思われそうですがこういう話だからこそ面白いしこれが不思議と都会でこの手の話を聞くと唯の「可笑しな人」になってしまうのですが自然一杯の環境の中で聞くとなんとなく「それ、分かる(笑)」となるから不思議なのです。

 こういう話が正しいとか間違っているとかいう話ではなく目に見えない世界の話だから面白いのです。現代の人々が経済的発展と引き換えに失ってしまった精神的な目に見えないものを心で感じる力、それがスピリチュアルな世界です。

 誰に強制されるでもなく自分自身で感じる力、それこそが人間にとって一番大事な能力かも知れません。目に見えないから感じるしか無くてしかも目に見えないから嘘だとは言い切れないのです。ようはその人が感じ取る事ができるかどうかなのです。

 私は人との会話もこの「感じる」と言う事がとても大事な役割を果たすと思います。話している相手のちょっとした表情の変化や態度や口調から耳に入ってくる情報とは別の情報を得る事が出来ます。「あっ、この人はあんな話をしているけど実はこんな事思っているんじゃないだろうか?」とか「この人は口には出さないけど実は心の中でこんな事思ってるんじゃないか」とか「あれっ?この人は前はこんな口調で話す人じゃなかったのに何でこんなになっちゃったんだろ?」とか色々な事を感じる事が出来ます。

 又、普段から「感じる」事を大事にしていると危険回避が上手に出来る様にもなります。「何となく厭だ・・・」と危険な状況を感じる事が出来るのです。それは食べ物だったり買い物だったり交通手段だったりと様々な場合に感じる事が出来ます。

 でも「感じる」為には普段から自分の感性や自然を大切にし今ある事に感謝して自ら進んで心が気持ち良い事を率先して取り入れていかないと「感じる」事は出来ません。

 目に見える物ではなく目に見えないモノ、それにだって貴重な価値があるのです。人が人として生きていく中で本当に必要なものとは何か考えた時、今までは経済発展に伴う豊かさや便利さでしたがこれからは自然に感謝しお互いに助け合い争いのない精神的に安定した世界こそが必要な時代だと思います。

 これからはスピリチュアルライフを大切に楽しみませんか。

2012/02/11

「ツイテル!」の薦め

 最近、自分で「ツイテル」と思う事にしています。例えば病気になったとすると「これは大病になる前に気付いてこれ位ですんだのだからツイテル」と思います。仕事で問題が起こると「これは大きなミスになる前に気が付いてツイテル」と思う様にします。

 実は自分でこれを実践したのではなく前から女房にこれを実践してみたら、とその手の雑誌を渡されて、その時は「何言ってんだよ、調子悪いときにツイテルなんて言えるかよ・・・」と思い「ハイハイ・・」と適当に受け流しておいたのですがその後も女房と息子から「父さん読んだ?あれ実践していると必ず良い事あるよ」と言われ「それじゃ、読んでみるか」と渋々その雑誌を読みました。

 書いてある事はいちいち納得出来る事でしたが、これをいざ実践するとなると毎日直面する色々なシーンで応用しなくてはならないので「これは慣れるしかないな」と思いました。それでも忘れないようにして心の中で「ツイテル、俺はツイテル。だからこれはこういう風に理解すれば良いんだ」と心の切り替えをしていく事にしました。

 暫くして慣れて来ると段々、それが苦痛ではなくなってきます。次第に「ツイテない」と思う事が無くなっていきました。生きてると色んな事が日常起こります。それに対して「ツイテない」と思うか「ツイテル」と思うかでは全然、気持ちが変わってきます。

 起こっている問題に対してそれが回避出来る問題なら回避すれば良いし、回避出来ない問題ならそれを前向きに捉える事が心の中で出来れば解決策も見つかるかも知れません。

 その為には乱暴な言い方かもしれませんがその問題を自分にとって「ツイテル」事として腹を決める事が出来れば半分は解決したも同然です。言うのは簡単ですがこれを実践する仕方は人それぞれで決めれば良いと私は思います。

 一番、避けたいのはその問題を他人の所為にする事です。他人の所為にすると解決するのにとても時間がかかるし、もしかしたら解決できない場合も多く発生するかもしれません。だから、他人の所為にしない。いつもツイテルと思うのです。そして最後に必ず「アリガトウ」です。

 昨年の東日本大震災以降、様々なメデアを通じて色んな問題が提起され「○○が悪い、○○も悪い」と言われ、それを見る私自身も凄く厭な思いをしました。それは今でも続いています。まさに他人の所為です。

 少なくても「○○が悪い」と言ってる間は何も解決しないのではないかと私は思います。それよりも半歩でもよいから自分で出来る解決策を実践していく方が余程、解決に繋がるのではないかと思います。そいう意味では「原発反対の国民投票実施」等の活動は多くの人々の1票の積み重ねが大きな力を持つ行動で私は素晴らしいと思います。

 投票の結果がどうなるにしろ自分達の意思を示す事に繋がるのですから行政に携わる人達は是非、その意見を無視することなく重く受け止めて欲しいと思います。

 あなたも是非、騙された(笑)と思って実践してみて下さい「ツイテル!」私は今のところツイテマス(笑)

2012/02/09

にゃんだよ・・眠いんだよ

IMG_1737 我が家の猫息子、2年前に里親制度を利用して我が家に来たのですがこれが無類の甘えん坊と大の寒がりときた。

 私は子供の頃から猫は何匹も飼ってきたけどこの子程、人間大好きの甘えん坊は初めてです。大体、猫は犬と違って気位が高く、どちらかというと人間に「面倒を見させている」といった雰囲気が強くてお高くとまっているという感じなのですが、この子は今までの猫と違ってベタベタの甘えん坊です。

 先日も2泊の旅行に行くので同居猫と2匹でお留守番だったのですが私が帰って来たらもう大変「どこ行ってたんだよ!寒かったじゃないか」と言わんばかりに暴れる暴れる・・・猫は気に入らない事があると手当たり次第に引掻いたり家中を走り回ったりしますがもう本当に家の1階から2階から走り回って大騒ぎです。

 その後は女房と私にくっついて片時も離れようとしません。これが2,3日続きます。これが愛情表現だと思ったらトンデモナイ。ただの寒さ嫌いなだけで家が暖まるとヒョイッといなくなり、ちゃっかりストーブの前に座っています。

 そう、この写真も一人だけストーブを独占してストーブの暖気を体中に浴びながら椅子に座りウツラウツラしているところを写真に撮ったというわけです。ちなみに人間様もやはり寒いのでストーブの前に立つと「邪魔!」と言って写真の垂れた左手で後ろから引っ掛かれます。全くなにを考えているのやら・・・

2012/02/08

母さんいつまでも元気でね

 昨年末から忙しさにまぎれて高知の母の見舞いに行けてなかったので久しぶりに高知に帰って来ました。

 今回は電車での移動になったので小淵沢から塩尻経由で名古屋に出て岡山経由で高知に帰って来ました。途中、今年の大雪の影響で新幹線が大幅に遅れ予定していた電車に乗り遅れるハプニングがありましたが無事、往復して来ました。どうも冬の山梨からの往復はやはりリスクがあります。

 しかし今回、新幹線に乗ってみて又、つくづく思いました。これ以上早くする必要が本当にあるのか?勿論、リニアモーターカーの事ですがもう新幹線で十分早いし地震や大雪の被害に遭った時に本当にリニアって大丈夫なのかと真剣に心配になってしまいました。

 日本の新幹線はデザイン的にも凄く美しく近代的で正確で速くて私には電車の魅力としてはこれでもう十分だと思います。これ以上早い速度で窓からの景色をみてもツマラナイと思いますよ。

 マア、そんな事は置いといて久しぶりの高知は母と義父の様子を見に行くのがいつもの目的だったのですが義父のお世話になっている病院はインフルエンザの影響で面会禁止になってしまいやむなく今回はパスし、母の様子を見て必要な物を買い足す事にしました。

 いつもの様にお世話になっている施設のスタッフにお会いして母の普段の様子を聞くのですが今回はケアマネさんが休みだったのにわざわざ出できてくれて母の様子を説明してくれました。

 認知症が少しずつ進行していて次第に身の廻りの事が出来なくなっていますがそれ以外は健康で本当にスタッフの方には感謝してもしきれないぐらい感謝しています。

 スタッフの方との打ち合わせが終わり母がデイケアから帰ってくるのを部屋で待っていると元気そうな母が戻って来ました。母は今年83歳になるのですが母の心の中ではもう5年前からずっと83歳で(笑)やっと母が自分で思っている年に本当になりました。きっと来年からは自分が思っているより年寄り(笑)なるはずです。

 認知症が進みほとんど会話は短い周期で同じ話題の繰り返しになってしまうので話題が弾むと言う事はないのですがここ数年いつも「いつまでいられるの?」と聞く事が増えてきました。母の心の中がどういう風になっているのか私には分かりませんがやはり一人でいるのが心細いのだろうなと思います。しかし、それも直ぐに忘れてしまうんですけどね・・・

 今回はちょっと思い切って母の部屋の中のものを片付けました。それは冷蔵庫。施設に入居した当初はよく冷たい飲み物を欲しがったので小さな冷蔵庫を部屋の中に置いたのですが認知症の症状なのかひどく家電製品を怖がり電話もTVも冷蔵庫もすべて電源を切ってしまいます。

 電話やTVはそれでも良いのですが冷蔵庫は電源が抜けた唯の箱状態ならよいのですが知り合いがお見舞いで持ってきてくれたお土産なんかを入れられるとこちらが気が付かないうちに腐ってしまうので思い切って運び出してしまい変わりにカラーボックスを置いて外から何を置いても分かる様にして来ました。

 母がいつまで私の事を覚えていてくれるか分かりませんが「母さん」一日でも長く健康に幸せに過ごして下さいよ。

2012/02/02

自然の中の開発計画

 森の中は毎朝、氷点下9度近い厳しい寒さが続いています。朝、新聞を取りに森の外まで歩いて行くのにもしっかり防寒対策をとっても手足の先が痛くなります。

 森の中の道はすっかり凍りついて新雪が乗っていない部分は圧接された雪が固く凍結して滑りやすいのでなるべく道路の端の雪があるところを選んで歩いています。

 昨日は事務所前の道路は地吹雪が吹いて前が見えなくなるほどでした。しかし、これがちょっと標高の低い場所に降りると全然、雰囲気が変わって全く風がなかったりするので不思議ですね。

 こんな自然溢れる地域にも大規模な開発計画があります。ひとつは「中部横断道計画」もうひとつはリニアモーターカー計画です。とくに中部横断道計画は八ヶ岳南麓が計画地域に含まれており環境への影響が大きい開発計画です。

 リニアモーターカーも山麓に長大なトンネルを築いて甲府付近を通過する計画が進んでいます。私は思います。昨年の東日本大震災から我々は何を学んだのでしょう。自然と共生していくという事がどれだけ大変であるかを多くの人が学んだはずです。

 福島の原子力発電所の事故は元の環境に戻るまでこれから莫大な費用と長い年月が必要です。にも拘わらず今だにこういう大型開発計画が何事も無かったように進んでいきます。

 リニアモーターカーは電磁石の力を利用して推進力を得ています。東京~大阪間を1時間で結ぶそうです。今より1時間近く早くなりますが私は逆に今でも2時間で行けるのを本当に僅か1時間短縮する為に何兆円という大金をかけてしかも自然に影響を与える交通手段が必要なのかと思います。

 建設ルートは近い将来、再び大震災が起こるであろうと予想されている地域です。そこを電気を使って高速で移動する交通手段が本当に安全で便利だと言いきれるのでしょうか?我々は「便利さ」という悪魔の様な囁きと引き換えに大切なものを無くしていないでしょうか?

 中部横断道も現在の双葉ジャンクションから長野側の八千穂までのルートが計画されていて現在、住民アンケートが実施されています。山梨県、北杜市の地元行政機関は推進を表明しています。地元にとってメリットが多大であると言っています。これはリニアの場合も同じ構図です。

 でも本当でしょうか?以前、清里高原大橋が建設された時もこれで地元には多くの人が訪れて建設費は数年で元がとれるという話でした。しかし、いざ開通してみるとこの清里高原大橋が出来た為にもとの国道141号線沿線にあったお土産屋さんや飲食店はすっかり寂れてしまい今では廃屋になったりシャッター通りになったりした店がたくさんあります。

 おまけに交通量は建設推進の時に説明された交通予測よりはるかに少なく山梨県最大の赤字路線になってしまい開業して数年で料金所の維持すら出来なくなり結局、無料化されました。残ったのは美しい谷間を渡る巨大な橋の姿だけです。

 そしてまた、今度は中部横断道です。又、同じ話が性懲りもなく繰り返し囁かれていいます。一体あの失敗から何を学んだのでしょう。私は思います。観光産業を真剣に考えるならこの八ヶ岳の雄大な自然を出来るだけそっとしてこの自然に癒されたいと思う人達を気持ちよく迎えられる環境整備をすべきです。それこそが本当の地元の活性化につながると信じています。

 自然溢れる山間を高速道路や有料道路が走る姿はとても美しいとは思えません。そして道路を造れば人が訪れると思うのは大きな間違いです。大切なのは人が訪れたいと思う「環境」を造る事です。

 あえて不便でも安全な暮らしがおくれて大切な自然が残るのであればその道を選択するのがこれからの時代では最も必要な事ではないでしょうか?また、それこそが東日本大震災という大きな犠牲を払った我々が学ばなければならない事だったのではないでしょうか?

 どうぞ、皆さんこの大型開発計画に自分の意思を表明して下さい。賛成でも反対でも自分の意見に責任を持ってもう一度あの大災害から学んだ事を胸に手を当てて考え直して表明して下さい。日本の将来を左右する大切な分岐点に来ている様な気がします。中部横断道に関する情報はこちらを参考にして下さい。→http://cyubu-odando.nanroku.net/

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八ヶ岳でのログハウス生活 ---木の家設計施工 森のすまい工房(有限会社アシスト

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