時事問題 Feed

2017/01/21

大きな変革の予感

 新しい年が始まり今年は年初から世界的な変革の予感がしますね。新しいアメリカ大統領が誕生しイギリスがEUから離脱し、お隣韓国では大統領が弾劾されました。

 日本でも新しい東京都知事が誕生し新たな価値観で都政を変革しようとしています。更に、長い間引き継がれてきた天皇制に新たな変化が生まれるかも知れません。そうすると私は昭和、平成、そして次の年号の3代にわたる天皇制に生きた事になるかも知れません。

 今年はそんな新たな世界の動きの始まりとなる象徴的な年になるかも知れませんね。新たな変化が生まれる時、そこには大きなエネルギーが生まれます。又、その変化が自分にとって喜ばしい時もあるし、そうでない時もあります。

 私は生まれつきの「のんびり屋」なので日常に大きな変化が生まれるのは余り得意ではありません。そうは言っても仕事でも家庭でも健康でも必ず変化は起こります。だからこそ、その変化に対応すべく努力が必要になります。変化を恐れてばかりいる事も出来ないのです。

 新たな年の始まりに当たって世界的な変化が出来れば大きな希望に満ちた変革になる事を祈りたいと思います。今年も「森の囁き」は変わる事無く八ヶ岳の森の中で私が思った事、感じた事を発信していきたいと思います。

2013/08/31

農業の未来

 私は本当は八ヶ岳に来て農業をするのが夢でした。残念ながらその夢は様々な理由で未だに実現していませんがいつかは農業に携わりたいと思っています。

 最近は八ヶ岳南麓で就農する若い就農者が増えてきています。私が知るそういう人達は皆、意欲的で新しい自分なりの農業のあり方を目指しているように思えます。多くの方達は農業とは関係ない仕事をしていた人達でそれぞれの事情でその仕事を辞めて農業を志した若者達です。

 彼等は今迄の農業のシステムに新しい風を吹き込もうとしています。自分達で販売先を開拓し農業の技術を学び新たな品種の改良や地元で無くなってしまった昔の作物を復活させたりと意欲的な取り組みを行っています。私は素晴らしい事だと思います。

 ITに象徴される華やかな最先端技術の発展が支えて来た印象の強い経済発展の陰で、ともすると忘れ去られがちな1次産業ですが私は全ての経済活動の基本は農業をはじめとする1次産業が支えていると思っています。1次産業がしっかりしているから安心して経済発展に取り組めるのが正しい経済活動のあり方だと思います。

 これからTPP交渉が本格的に始まり日本の農作物は広い国土を持つ大国の大規模農業で生産された安価な作物の攻撃を受ける事になります。狭い面積で島国である日本はそうなると大変な打撃を受ける可能性があります。

 しかし、良く考えてみるとTPP交渉がなくても今迄だって日本は自国で生産する農作物で充分長い年月暮らして来た筈です。外国の安い作物が入ってきたり食生活の変化で輸入作物に頼る生活に変化してきましたがここで又、元の様に安心で安全な自国の作物を活かした食生活に戻せば何も輸入食材に頼らなくても充分、国内の農業を支援出来る事ができるのでは無いでしょうか。

 林業の世界でも今、日本は木材の自給率を50%まで上げる目標を掲げ国策として推進しています。是非、農業も自給率を上げて既に始まっているといわれる食糧戦争に巻き込まれることなく自立する農業になって欲しいと思います。

 大学の進学率でも農業系の学科を目指す若者、とくに女性の進出が著しいという話を聞きました。確かに八ヶ岳南麓で就農している若者の中には国立大学の大学院出身者の方もいます。そういう人達の話を聞くと多分、今迄の地元の農家の方達が目を丸くして驚いてしまう様な発想の農業を実践をしてる人達もいます。でも私はだからこそ農業の未来が拓けて行くような気がします。

 勿論地元の長年、農業に携わって来た方達の経験を学ぶ事は大変な知識を習得する事になります。しかし、時代は変わり食品の流通経路にも変化が始まっています。市場に出荷するだけではなく契約農家として直接エンドユーザーの要望にそった作物を育てるのも新しい農業の試みだと思います。

 気候も大きく変わってきました。年々変化する異常気象に対応するには多品種の作物を育てていく必要があるかも知れません。又、温暖化による平均気温の上昇や爆弾低気圧に代表される局地的な豪雨にも耐えられる品種の開発も必要かも知れません。

 そして何より大切なのは日本が持つ独自の作物の種を守る事です。外国から入ってくる強い品種の作物に負けない島国である日本が守って来た作物の種を皆で守る事です。その為には皆で旬な地元の作物を先ず食べる事からはじめなくてはなりません。頑張れ!日本の農業。

2007/02/18

コミュニケーション

 私は子供の頃、友達とうまく遊ぶのが苦手でした。幼稚園の頃からどうしようもないガキ大将だったのですが実は内心では人と会話したり、自分の意見を伝えるのがとても苦手でした。大人になって処世術を何となく学び旨く立ち回る術も少しは覚えて次第に他人からはそう見られなくなって来ましたがそれでもやはり苦手意識は今もあります。

 一時期、凄く他人との会話に悩み、本屋に行ってその手の会話術法みたいなものも少し読んだりしました。その時に学んだのは「人と話そうとするのではなく人の話を聞く」という事でした。話すには苦手でも聞くのは誰でも出来る。その時に少しだけコツが有って、出来るだけその人が話しやすいように話題を展開していくという事です。昔、コント55号の欽ちゃんの本にも人との話方の作法みたいな事が書いてあってとても参考になった覚えがあります。それは、その時の状況、相手が年上か?年下か?立場は?というような事を考えて喋りなさいといった事だったと記憶しています。

 最近、色んな所で人の話しているのを聞いていると特に他人との会話がとても拙くなっているように感じます。主語、述語を省略したり自分が理解しているから相手も理解していると錯覚した喋り方をする機会が多いように思います。

 話は変わりますが私は「北の国から」の倉本さんの作品が好きなのですが何故好きかというと彼の作品のセリフには例えば「僕には分らなかった訳で・・・」のようにそのセリフを聞いた人が色んな感性でそのセリフで最後まで言わなかった残りを想像するという余地を残して広がりを持たせているからです。曖昧かもしれませんが私の感性には凄く合っています。

 近頃、私は相手の顔をジッと見て話すように心がけています。別に睨みつけているわけじゃないですよ。何故かというと私は人の顔を覚えるのが凄く下手な人なんです。どうしても旨く会話出来ないという事が相手の顔を見ていないという事にこの歳になって遅ればせながら気付き(遅すぎっ!)それからは出来るだけ相手の顔を覚えるように話しながら相手の顔の変化や特徴を何となく覚えるように心がける事にしました。

 私もけっして他人と話すのが得意ではないので分るのですが下手な人は会話に参加しようとしない、自分の興味のあることしか参加しない、話しかけても返事しない、そうすると次第に相手も話し辛くなって段々、話しかけなくなるようになります。話の第一歩は挨拶です。オハヨウとかバイバイとか些細な事なんです。明るく大きな声で挨拶するところから会話は始まると思います。

 それと大事なのは自分に殻を作らないという事でしょうか、「ここから先には絶対踏み込ませないぞ」みたいなものを感じる人や「お前みたいな奴と話す必要なんかないんだ」みたいな態度を感じる人もいます。そうすればこっちだって話す気にはならないですよね。友達との会話が楽しいのは同じ価値観でものが言えるからですよね。

 それからもうひとつ相手を敬うという事でしょうか。最近は「タメ口」と言って相手と友達のように話す事が話し方のコツのように思っている風潮がありますがそれは相手に対してさっき言った「お前に気を使う必要なんかないんだ」と言ってるようなものです。相手が年上だったり自分にないものを持っていると思えれば自然と敬語が出て来るはずなんですが最近はそうでもないようです。

 最近、人の会話を聞いててず~とそんな事を感じていました。私自身が会話べたなので凄く言葉のコミュニケーションというものが大事かという事を思い知らされます。しかし私は幾つになっても話すのは苦手です。

2007/02/11

アマチュア規定にもの申す

 私はスポーツ大好き人間である。自分でやるのも好きだけど見るのも大好きである。高校野球も好きだし、春高バレーも、箱根駅伝なんかも大好きである。しか~し!最近気に入らない!何がって、以前も言った事があるけど日本のアマチュア規定はオカシイ!高校総体のバスケット選手で身長2m超えの黒人選手が出て来る。当然、日本人の高校生が手におえるワケがない。まるでプロとアマチュアの試合である。その他のスポーツでも外人選手がよく登録されて出て来る。何故か?勝ちたいからである。でも、アマチュアスポーツの目的とはなんだろう?勝負の厳しさか?それもあるとは思うが私は負けたことから学ぶ事も多いと思う。プロではないのだから・・・

 誤解のないように言っとくが私は外人選手が悪いと言っているのではない。本来の高校生のアマチュア精神からすれば日本に勉学の為に留学してきて、ある一定の期間が過ぎれば日本の高校生として公式戦に参加できるというのなら全く私は賛成である。しかし、今の留学生制度ははっきり言って日本で活躍して企業なりプロのスカウトの目に止まり将来はスポーツを通した人生設計を目指して留学して来ているとしか思えないし、留学生をスカウトしてくる方も試合に勝って学校の知名度を上げようとしているとしか思えない。

 一方、一年生から公式戦に一度も出場出来ずに去っていく選手も沢山いる。彼等も同じ選手として公式戦に参加している仲間を支えてきている。そこへ、海外から体力的にあきらかに差のある選手をスカウトしてきていきなり公式戦に出して勝ったとしても出場機会を奪われた彼等は納得出来るのだろうか?それこそアマチュア精神に反するのではないだろうか。

 今の教育界の問題はメデアが色々取り上げているが私は勉強やイジメだけではなくこういう課外活動としてのスポーツのあり方も歪んでいると思う。大人達が作り上げた歪んだ構造が見えて面白くない!勝てばいいはプロの世界、アマチュアは勝つにはどうすれば良いかを通して人間形成をしていくのが目的ではないでしょうか?高校生のプロ化には反対です。もっと大事なものを是非見直して欲しい。その為にはアマチュア規定の見直しを是非、お願いしたい。

 アマチュアスポーツ大好きな私は、アマチュアスポーツの持つ純粋さが大好きなんです。勝って笑い、負けて泣く、そこには純粋に一生懸命、練習し、耐えて努力して来た仲間にしか共有出来ない感情があるからで、だからこそスポーツは筋書きのないドラマなんだと思うわけです。

2007/01/19

「老い」との付き合い方

「老い」と言っても私の事ではない。まだまだ若いつもりだが昨今、ちょっと物忘れがひどくなってきてちょっと心配している。親しい人の名前がつっかえて出てこない・・・困ったもんだ。実は田舎で1人暮らしをしている母が体調を崩して入院してしまった。それはそれで覚悟はしていたので驚きはしなかったが、いざ事態に直面して母が老いていくのを見るのは少々辛い。これは幾つになっても変わらないものなのかも知れない。

 子供の頃は母が老いていくなんて考えもしなかった。何時までも元気な母のままでいるものだと思い込んでいたし普通、考えないよね・・その点、父親という存在はどんななんだろう?子供達はどう思っているんだろう?実は私自身は父親の存在が消えた時、父には申し訳ないが余り感傷的にはならなかった。これは男同士だからであろうか?母に対する感情とは明らかに違う気がする。やはり人間も動物だから生んでくれた母性に対する感情の方が強いのだろうか?それとも単に父母の子供に対する接し方の違いから生まれる感情の違いだろうか?ちょっと同じ父親として寂しい気もする。果たして自分の子供達は自分をどう見ているのだろうか?もうほとんど成人しているので今更どうのこうのと言っても遅いし、はっきりいって子供達にとって、とても立派な父親だったとは言えないと自分自身思っている。

 自分も含めて人は必ず「老い」ていく。それは避けられない事だし、出来れば「老い」を楽しみたいとさえ思っている。老いて行く事は決して不幸な事ではないと思う。母も老いていくに従って段々子供に戻っていくように感じている。「老いては子に従え」とは良くいったもので現段階では母はまだ従いきれずに若かった自分の姿に固執しているように思える。キット自分もそうなるであろうと思う。そう簡単に子に従えるか!と誰しも思うんだろうな・・自分もきっとそうだろうな。でも娘に優しくされると従っちゃおうかな・・なんて思う時も来るかも知れない。

 話は変わるが今の日本の老人福祉のあり方は最低だと思う。はっきり言って福祉切捨てとしか思えない。貯蓄がないとうっかり年を取る事もままならない。金持ちの老人なら良いがそうでない大多数の老人、まさにこれから高齢化社会を迎えようとしているそんな老人から更に医療費を巻き上げて、うっかり入院しようものならさっさと出て行きなさいと言わんばかりのお粗末な制度しかない。更に悪化しそうな情勢である。戦後の荒廃した日本を繁栄に導き働きずめに働いた人達に対して余りにも無情な国である。我々だってうっかり老いる事も出来ない。税金を上げるなら是非、福祉に役立てて欲しい。一部の裕福な人達だけが報われたり、どこぞの国会議員さんみたいに訳のわからない事務経費に数千万も使える人の為に税金が使われると思うとやるせないですよね。

 是非、豊かな「老い」を過ごし人生の終わりを満足して迎えることが出来るようになって欲しいと年頭にあたり思った訳です。

2006/12/29

さらば2006年

 2006年もあと2日余りで終わろうとしています。今更ながら今年を振り返ると今年も色んな事がありました。今年をあらわす漢字は「命」だそうですが私にとっても今年は「命」に関わる出来事が多くあり、改めて「命」について考えさせられた年でもありました。

 今年、年初に愛犬の「キキ」をガンで亡くしました。それ以来、めっきり朝の散歩の回数が減り続け今ではほとんど行かなくなってしまいました。そしてその後、病気療養中だった義母が亡くなりました。病状が回復に向かっているとの話を聞いて喜んでいた最中の訃報で夜中の高速道路を徹夜で移動して葬儀に駆けつけました。そしてその後、同居中の3匹の猫が相次いで倒れ一時は危篤状態でしたが何とか今は持ち直しています。

 そして世の中ではイジメに端を発した自殺が多発し命について考えさせられる年でありました。「命」 重い課題を背負った言葉です。

 来年はどんな年になるのでしょう。願わくば万民に勇気を与えられるような年になって欲しいものです。しかしそれを与えるのも人間、奪うのも人間ですよね。いかなる時も希望をもって前向きに生きたいと思います。もとより余り難しい事は得意ではないので「なんちゃって~」と笑って過ごしていければ私にとっては良い年になるものと思っています。

 今年も最後になりました。皆さん、今年も最後まで「森の囁き」を読んで頂いて有り難うございました。来年が皆さんにとって良い年になりますようお祈り致します。どうぞ良い年をお迎え下さい。

2006/12/10

大人と子供

 フト、思った・・大人と子供の違いとはなんぞや?何故そんな事を考えたかというと昨日、清里で駐日ノルウエー王国大使のグルットレ氏を招いたノルウエーのイベントに参加してきた。いや、実はそれは口実でそのイベントの最後に予定されているオカリナ奏者の大沢聡さんのオカリナが聞きたくて行ったのですよ本当は・・・ところが受付で「場所はどこですか?」と聞いたら「入られますか?」と聞かれうっかり「ハイッ」と明るく返事したものだからそのコンサートの前に実施されているこのノルウエー大使を招いての「持続可能な都市つくり」だったかな?兎に角そういうパネラーを囲んでの討論会の中に入れられてしまったと言う訳です。

 もうその会も質問を終えて終わるところだったのですがパネラーとして出席していた柿沢元外務大臣が「今日、大使がお1人で何とJR中央線の電車でここ清里に来られた言う事が何よりの持続可能な都市つくりを実践されているという事ではないでしょうか」と発言されてのにひどく感銘を受けてしまったのですね。

 つまりノルウエーという国は景観や環境というものにすごく配慮されている国で環境破壊に繋がる行為は犯罪者として取り締まられるという事が国民の心の中に染み込んでいるという事なんでしょうね。わが国のお偉方のようにタウンミーテングと称し、やらせ質問を用意し更に静岡駅からわずか歩いて8分の会場まで東京からハイヤーで行く事になんの罪悪感も感じないという心と比較するとこれが大人と子供の違いなんだなと思ってしまったのですよ。

 つまりバレなきゃ何をしても良い。バレりゃしょうがないから謝る。これは子供ですね。つまり自分の判断が無い。自分の価値観が無い。大使が話していたのは「グローバルな価値観、誰かに言われたからではなく地球に住む者として当然持続していかなければならない事を先ず、自分から実践し行動する。」これは大人の価値観ですね。いや~聞いてて恥ずかしかった。当たり前の事だけど日本のお役人とこの王国大使との価値観の違い・・・どうしてこんなに違ってしまったのだろう?やっぱり鎖国がいけなかったのかな・・環境に対する価値観の違いは雲泥の差のような気がする。

 偉そうな事は言えないけど自分で出来る事はやっているつもりだけど更に今日からもっと考えなくちゃと思い知らされました。

 その後のコンサートは甚目さんのMCとグリーグの演奏、更に甚目さんが「最初で最後だと思う」といわれた奥様とのピアノ連弾、お嬢さんの素晴らしいバイオリン、そしてお目当てのオカリナ奏者大沢聡さんとピアノの堀内なつみさんのコラボレーションがいつものようにアットホームな雰囲気の中でもキラッと光る才能溢れる演奏を楽しんでとても得をした時間でした。こういうイベントは今後もずっと続けていって欲しいと思いましたね。自分では椅子運びくらいしか手伝わなかったけど・・・今度はもっとお手伝いしますね。

2006/11/19

教育について思う事

 最近、何かと教育に関わる報道が取りざたされていますが何だか難しい世の中になったものです。私は小学校時代はいわゆるガキ大将でしたのでよくイタズラして叱られました。学校に行っているというよりも学校の廊下に行っていると言った方が正しい位、毎日廊下に立たされていました。何せ、宿題はしたことないし、学校には何も持っていかないし当然、毎日忘れ物だらけ、徒党を組んでイタズラのし放題でしたので当然、毎日立たされる訳ですね。怒られて当たり前でしたが何故か先生はいつもそんな私でも怒りながらも庇ってくれました。私も悪い事をしてるのは百も承知でイタズラして先生に怒られるのが楽しくてイタズラしているところがありました。

 でも今は先生は生徒に余り怒れないような環境になっているみたいですね。私の頃は当然悪い事をすればぶっ飛ばされるし、竹刀で叩かれたり、出席簿の角で頭叩かれるとイタカッタ!でも親も当然、我が子が悪いのが分っているので「先生、もっと叱ってやって下さい」というような雰囲気がありましたよね。子供も当然、悪い事をすれば罰を受けるという事が分っていましたので私も毎日、立たされたり正座させられても「しょうがないわな・・」と納得していました。

 現代は先生が子供に手を上げようものなら〇〇委員会とやらに親が通報し暴力教師として目を付けられるみたいですね。私らの時は大抵、体育の先生が鬼教師でどんな悪ガキでも体育の先生にだけは頭があがらないモンでしたけどね。世の中変わったんですね。私も悪ガキでしたが体育だけは得意で小学校も結構なマンモス校で全校生で1000人くらいは居ましたね。毎年1回、全校の縄跳び大会があって引っかかった人は順番に座っていって最後に誰が残るかという大会でした。いつも私は最後まで残りとうとう時間切れで何人かが一等賞なんて事もありました。

 ある日、その小学校が放火で全焼してしまった事がありました。学校が無くなってしまって私はもう行かなくて済むのかなと思い嬉しいような遊べなくなって悲しいような複雑な気持ちになりました。そこで何故か私が思いついたのはお金を稼いで学校を建て直す足しにして貰おうと思ったのです。普段からガキ大将で色んな悪い事してましたのでさっそく仲間を召集し「オイッ皆で釘拾って来い!」と号令をかけて自分も広場を這い回って古釘を拾って廻りました。それを普段から懇意にしていたボロ集めのオヤジのところに持っていくと買って貰えるのです。普段はそれをオコヅカイにして買い食いをしていたのです。皆で集めた古釘は当時で1000円位になったと思いますがそれを封筒に入れていつも、イタズラをしては連れて行かれる職員室の入り口に夕方そっと置いて走って逃げて来ました。

 良く考えれば別に逃げてくる事はないのですが何せホラ、普段怒られてばかりなので職員室に近づく事さえ憚られるのですよ。習慣って恐ろしいですね。ところが何故か次の日、早速職員室に呼び出されて「この封筒を置いたのはお前だろう!」と先生に言われ「何で分ったんだろう?」と内心思いながらもそこはほれ悪ガキですから「コリャ又、怒られる」と思い「はいっ、ゴメンナサイ・・・」と謝ったら先生、何故か何も言わない・・・殴られると思いうつむいてそっと先生の顔を見たら先生が泣いていた。「先生・・・」と言ったら、先生は何も言わずに頭を撫でてくれました。もう40年以上前の事ですが今でもハッキリその先生の涙が一杯溜まった目を忘れる事はありません。

 それから私はもうイタズラは止める事にしました。教育ってナンでしょうね・・・

2006/10/29

物質文化と精神文化

 やたらと固そうなタイトルになってしまいましたが最近、時々ニュースをみたり日常でフト気になる事があります。例えば仕事柄、建築関係の記事にどうしても目がいくのですが「秋の住宅フェア!特別キャンペーンモデル販売」などという広告が最近はやりですよね。つまり住宅は建てる物ではなく買う物なんですね。う~ん、何となく自分の感覚とはギャップがあるな~と思ってしまいます。これだけ住宅の工業化が進めば当然の事なんでしょうけどね。

 先日も、自宅に届いた壁材の板は綺麗にラッピングされて一束ずつ梱包されてそれは素晴らしい納品姿でした。それはそれで素晴らしいと思うのですが、別にそこまでしなくてもいいんじゃないのとちょっと変な感触が心の中に引っかかりました。多分、普段から山の中に入ってキコリさん達が木を倒すのを見ている感覚と木が違うとはいえその木がラッピングされて納品されるという感覚のギャップが旨く埋められないのでしょうかね。

 昨今、話題の高校の必須科目の履修逃れの話題も世界史だか日本史だかでしたっけ?昔、私も日本史と世界史が苦手でとにかく訳も分らず丸暗記したものでした。だから今でもその時代の繋がりがさっぱり分らずいい歳してあの頃もっと勉強しときゃ良かったと後悔しています。私も理系だったので文系の授業はさっぱりでしたが今となってはとても後悔しています。受験はテクニックも確かに重要だけど余り受験テクニック偏重の授業をしていると私みたいに後で後悔する羽目になるような気がするけどな・・・何が言いたいかというと人が人となるにはそれなりに時間と経験と手間がかかるのは当たり前じゃないのかなと思うわけです。余り早くから自分の人生を決めてしまわない方が良いんじゃないかな~。

 全然違う話ですが先日、雷が近くに落ちた影響で家のTVが死んでしまい。しょうがないので小さな液晶テレビを買おうと思い女房と近くの電気屋さんに見に行きました。今、テレビ業界は地上デジタルテレビが話題となり新しい家電需要の拡大を期待してどこもTVコーナーは充実しています。案の定、棚には同程度のTVが右側が地上デジタル対応型、左が非対応型として展示してあり「サア、あなたはどちらを選びますか?」状態であった。当然、迷うよね。電気屋さんに行って悩んでも遅いって思うんだけど、そこはそれ旨く並べてある訳ですよ。で、結局予算のない我々夫婦としては「出直してきま~す」にあいなる訳ですね。で、それが言いたい訳では全くなくそこで前から気になっていた「亀山モデル」というのがどうも心に残ったのですね。別にメーカーの宣伝をする訳ではないのですが同じそのメーカーの製品でありながらあえて亀山工場製品というのを前面に打ち出すのに共感を感じるのです。

 「ものづくり」をしていく中で確かにコストを抑え安く仕上げる事も大事だし、綺麗に包装して届けることも大事だと思うけど原点は人間が手で作っている事だと私は思います。どんなに効率を上げても人間が作る以上「かかるものはかかる」のである。費用も時間もですね。同じメーカーの製品でありながら亀山工場で作るものとそうでない物とが差別化されている販売方法は「違うんですよ!」というメーカーの姿勢を表したものですよね。そこに何だかオウ!いいじゃないのと思ってしまう訳です。今まで余り気にしていなかった何処で作られたか?という作り手の価値観を付加したという所がグッドですね。

 最近、特に効率優先で余裕が無さ過ぎるような気がします。豊かな物質文化は豊かな精神文化の上に立ってこそ出来上がるものではないでしょうか?普段、必要のないハイスペックなものが巷に溢れて過ぎていませんかね。どっかのコマーシャルにあったけど電話は話が出来れば良いんじゃないですかね。車は安全に快適に走ればそれで良いじゃないですかね。シンプルイズベスト・・何だか一昔まえにこんなキャッチフレーズが流行ったけど今一度「勿体無い」と「シンプルイズベスト」が流行らないかな~なんて思う秋の一日でした。

2006/06/04

森の現状

 「新月の木」の会合で明治大学名誉教授で工学博士の藤井石根先生の講演を聴く機会に恵まれた。先生は熱応力、太陽熱の動力化等の研究をされており「日本太陽熱エネルギー学会」の元会長をされている。今回の講演のテーマは「緑の悪化とバイオマスエネルギー」という事でしたが我々シロウトにも分り易い説明で非常に感銘深い講演でした。

 先生がこの講演の中でもっとも憂いておられたのは加速度的に進む地球温暖化に対する懸念です。私が以前から不思議に思っていた八ヶ岳における気候変動のひとつが温暖化による冬季の降雪量の多さです。何故そうなるのか何回聞いても良く分らなかったのですが先生の話を聞いてなるほどなと思いました、つまり大気中のCO2の増加によりメタンガスが地球を覆いその結果温室化した海水温度が上昇し大量の水蒸気が発生する。その水蒸気が大雨や雪をもたらす結果になっているという訳です。

 聞いてみると「ナルホドナ」と頭の中で理解は出来るのですがこの話はスケールが違うのです。現在、地球上では巨大な規模でエネルギー問題と食糧問題が発生しています。何の事かと言いますとエネルギー問題は言わずと知れた石油備蓄問題です。世界がこのままのスピードで経済成長を進めるといずれ石化エネルギーは底をつきしかも長年蓄積されていたCO2が大気中に放出される事により地球温暖化が加速され結果、大気中の酸素濃度が低下しその事が食糧不足による飢餓を発生し生態系の崩壊を迎える結果になりかねない状況です。現在、アマゾン・東南アジアの熱帯雨林のうち東南アジアの70%に日本の業者が伐採に関わっています。

 世界のCO2発生国のトップは中国です、その次がアメリカ、この経済大国の2カ国が地球温暖化防止活動を定めた京都議定書から外れています。この2カ国の積極的な参加なくしては温暖化の抑制はありえないのです。

 この様な状況における森林に期待される効果は言わずとしれた木の光合成によるCO2の固定です。木は大気中のCO2を取り入れて酸素を放出しています。長くこの固定化されたCO2を留める事、つまり木を有効に長く使う事が今後重要な課題になってくるのです。森林にはこの他に・土壌の保水性(緑のダム)・蒸散作用の促進・河川や大陸棚の養分の供給・大気汚染の防止と浄化作用・土壌飛散の防止と防風効果・防塵と消音効果、そして癒し効果と数え切れない程、地球を維持していく上で貴重な役割を果たしています。

 長々と先生の講義内容を右から左へと書き連ねてきましたが最後に先生の講義で一番印象に残った言葉は「現在の地球温暖化を抑制するのに我々が身近に出来る事は省エネルギー、1970年代つまり昭和45年頃の日本のエネルギー消費量は現在の50%です。あの頃の生活を維持できれば温暖化は抑制できるのです。あの時代、我々は不幸だったでしょうか?」路面電車が走り回っていたあの時代に戻る事は出来ないんでしょうか?

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八ヶ岳でのログハウス生活 ---木の家設計施工 森のすまい工房(有限会社アシスト

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