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2009年4月

2009/04/26

森の木々達は今・・

 2日程、静岡の清水と天竜の山の中に入って来ました。今回は仕事の関係で必要な木を見にいったのですが、今、木材業界も深刻な不況の影響を受け関係者は対応に苦慮しているのがあちこちで聞こえてきて皆、悲鳴を上げています。

 昔からの老舗の製材屋さんが店を閉じざるえなかったり在庫の処分の為に展示場を閉鎖、縮小したりして何とかやりくりするのに必死です。清水の山の中はすっかり様相が一変しており山の中には巨大なモニュメントのような第2東名高速道路の橋脚が立ち並びループ橋となるエリアには処狭しとその巨大な柱が林立して上空を通る高速道路とその下になるお茶畑や森や山間の村との景観のギャップに異様な雰囲気が漂っていました。

 これも現実なのですが何となく、こんな事して本当に良いのかな?何時かとんでもないしっぺ返しを受けるんじゃないかと恐ろしくなってしまいました。ほんの10年程前に夜間、この地域を通りぬけた時には真っ暗な山間にまだ造りかけの橋脚が数箇所そびえたっているだけで、それだけでも異様な景色でしたがそれがここ数年で凄い事になっていました。

 そんな中、天竜の山はひっそりとまだその姿を留めており、さすがに歴史ある銘木の山はまだまだすたれないという威厳を感じました。

 うろ覚えですが木の研究の中に年輪考古学?という名前だったと思いますが、そういうジャンルの研究をされている研究者がいます。世界中の森の木はその年輪にその時代の経済状況や気候変動を刻んでいます。それは広いエリアを統計的に分析すると皆同じような傾向を示すそうです。

 昔は私等も木の年輪を見ると東西南北が分ると教えられ年輪が広いほうが成長が早いから南側だと覚えましたが実はそんな事はなく、いわゆる昔の常識のウソというやつで実際は周辺の木々の密集状態や風の方向等の様々な条件によって年輪は変わるようです。

 ついでにもう一ついうとよく年輪を数えるとその木の樹齢が分るといいますがこれも必ずも絶対ということではなく例えば木の年輪といっても根元と枝先では年輪の数が違います。だからどこの位置の年輪を数えるかでその数は変わってきます。これも知っているようで意外と知らないですよね。

 さて、話はそれましたがその年輪考古学、広域の樹木の年輪傾向を統計的に調べてみると例えば世界経済の変動にその年輪の変動を重なるとピッタリ重なるから不思議です。当然、大規模な気候変動にも左右されて例えば大きな火山活動が起こったりすると太陽光を充分に浴びられなくて光合成が進まず年輪が詰まってきます。これが大規模で同じ傾向を示すという訳です。

 気候変動で年輪が左右されるのは分りますが経済状況によっても変動し木々がその体内にその記憶を記録しているというのは凄い事ですね。私が想像するのに、きっと今の日本でも戦後の住宅難から材料となる木の大規模伐採が行われ日本中の山の木が切られ経済が活性化した時には大規模伐採により樹間が充分開くので成長が促進され年輪の間隔が開き、その後、大量の杉や桧を植えたものの新建材にその座を奪われて流通の道を絶たれた為に今度は日本中の山の木が切られずに間伐も進まず、その為に充分な太陽光が森の中に射さないので年輪は育たず間隔が狭くなっているのではないかと思っています。

 これは全く勝手な解釈なので合っているかはどうかはわかりませんけどね。でもそれはともかく、木々は人間の経済状況まで見届けて体内にその記録を留めているというのは凄い事です。

 それも1000年以上もの記憶が留められている訳ですから最近のデータベースのように数年でテープからカセット、CDMD、メモリーステックのように短いスパンで駄目になったりするのとは全くその寿命が違います。

 木は本当に偉大なのですね。さて、昨今の人間達の大騒ぎする様子を森の木々達はどう見つめて未来にどう記憶して伝えていくのでしょうか?余り恥ずかしい事は出来ないですよ。1000年先まで報告されてしまいますからね。21世紀初頭の人類は・・・なんて事にならぬようにしないとね。

2009/04/19

家の中を蠢く奴ら

 今年も暖かくなってきてそろそろ奴らが蠢き始めました。今朝も女房がキッチンで「臭い!何か居る、この匂いは絶対カメだ!」とノタマウ。「俺、花粉症で鼻詰まってるから分んない」「父さんじゃダメだね。絶対いる。この辺にいる・・・」探すこと30秒。「居た!」ダイニングのテーブルの下で腹を出して引っくり返っているカメムシが・・・幸い、踏んでは居なかったので最悪の状況は避けられそ~と広告の紙で掬って外に退場願った。どうも今年も多そうです。

 

 それから例のピョンピョン飛び回るチッチャイ奴等、「カマドーマ」もう本当に煩いったらありません。ピョンピョン家の中を飛び回り、いつか全滅させてやるぞと心に誓っているのですが忙しさにかまけてまだ全滅作戦を実行するには至っていません。これが例によって風呂の中やトイレの中を自由に飛びまわって本当に煩いのです。

 

 最近、大量虐殺の方法を一つ発見しました。お風呂場の蓋を開けていると奴らは勝手に飛び込んで哀れ水死してしまう事が分りました。ちょっと気味悪いのですが風呂掃除の時に一気に掃除出来るので結構、効果的です。

 

 我が家で活躍していたカマドーマハンターの猫3匹が相次いで亡くなってしまったので奴らはこれ幸いと勢力を増しており、いい気になっているようです。そのうちにギャフンといわせてやろうと密かに闘志を燃やしております。

 

 先日、夕食を終えてリビングでくつろいでいたらリビングの真ん中を悠然とデッカイ毛虫が歩いていて「ワッ!こいつどっから出てきたんだ!」と驚きました。こんなデカイ奴が歩いていたら何もリビングの真ん中に出て来るまで気付かない何てありえないと思うのですが忽然と姿を現し驚いたの何の・・これも新聞広告で掬ってすぐさま退場願いました。

 

 大体、我が家は森の中の行き止まりに建っているので奴らに来るなという方が無理というものですがそれにしても今年は蠢くのが早いような気がします。これも温暖化の影響かも知れません。

 

 そういえばお客様からも相変わらず「蟻が家の中に入って来て困るんですけどどうにかなりませんか?」という問い合わせが毎年多くなって来ています。蟻の生態も明らかに変わってきていますね。

 

 昔は外の土の中に巣を作っていましたが最近はどうやってか家の中に入り込み家の中で巣をつくり越冬する奴らが増えてきました。新聞に学者の方が家の中のアリに余り神経質にならないでと記事を書かれていましたが私もそう思います。

 

 害があるものは別ですがそうでない場合はどっかから浸入ルートがありますからそれを絶って家の中にアリの好みそうなものを出来るだけ露出して置かないようにすればいずれ居なくなります。元々、彼等の方が先にすんでいた先住民(蟻?)ですので嫌わずに速やかに出て行って貰いましょう。

 

 私が一番嫌いなのは家に住んでいるらしい蛇です。私はまだ見たことがないのですが昔、一度でっかい抜け殻を見つけ、その後、女房が家の周りの木の下で休んでいるのを見たそうです。女房はそいつに勝手に名前を付けて家の守り神と決めてしまっているので余計に腹が立つのです。

 

 どうもクネクネと動き回る奴に本能的に嫌悪感を持っていて、もしかして前世はカエルだったかも知れないと内心思っています。

 

 相変わらず夜、事務所からの森の中の帰り道では色んな奴が道の端から飛び出して来ますがその話はまた別の機会に・・・

2009/04/12

ペット雑感

 我が家で一緒に暮らしていた犬1匹と猫3匹が相次いで居なくなってもう数年経ちます。女房は「そろそろ猫飼おうかな」なんて時々呟くようになってきました。

 仕事の関係であちこちのお宅にお邪魔すると結構、犬が家の中にいる事があります。何故か、そんなお宅の犬達は私を歓迎してくれます。何故だか分からないけど飼い主のお客様より犬の方が大歓迎してくれる(笑)どうも人間様より犬の方に好かれているようでそれも困ったもんだけどこればかりは感性の問題だからしょうがない。

 先日、知り合いの家の前でそこの主人と立ち話をしていたら近くに住む共通の友人が飼っている大型犬を散歩させながら通りかかった。まだ若い犬で落ち着きがなくおどおどしていたが立ち話をしていたその家の主人が「お~来たか」と喜んで手を出したら犬が驚いて噛み付きそうになった。その家の主人は犬を飼ったことが無く、知り合いの犬に咬みつかれそうになってビックリしたようだった。

 大型犬といえども若い犬はまだ落ち着きが無く、人に慣れていないケースが多い。一度、匂いを覚えて慣れてくれば大丈夫だけどそうでない場合はうかつに手を出すと危ない。特に上から頭をなでようとするのはご法度だ。少しでも犬の事を知っている人なら気を付けるがそうでない場合は要注意ですね。犬の方がいきなり上から手を出されると驚いて咬もうとしてしまうんですね。

 私は初めての犬に出会った時は先ずしゃがんで目線を出来るだけ低くしてわざと目を合わさず知らん顔して向こうから寄ってきて私の匂いを嗅いで興味を示すまでじっと動かない事にしています。そのうち興味をしめした犬は甘えてくるしそうでない犬は離れていってしまいます。その知り合いに噛み付きそうになった犬にも初めて会ったのでしゃがんで知らん顔をしていると私の体の匂いを散々嗅いだ挙句、体を摺り寄せてきて背中をくっつけて私の横にお座りをして気が付いたら何も言っていないのにお手をして「触って」と言ってきました。そうなったらしめたものです。第一段階のお近付きは成功という訳です。

 しかし、どうも私は初めての人との出会いは苦手なのに犬なら大丈夫というのもなんだか困ったもんです。前回も犬の事を書きましたが飼っている犬をみると何だか飼い主のことも少し分かるような気がして最近は人間ウオッチングよりも飼い犬ウオッチングをしていた方が面白くなってきました。神経質に犬を叱っている人をみると犬も結構、神経質になってしまうようで落ち着きがなくなっています。人間を叱るのと同じように犬に話しかけてあれは駄目だこれは駄目だときつく叱っているのを見かけると「あいつきっと何でこんなに怒られているか分ってないだろな」と犬に同情してしまいます。

 ペット化してしまい犬と人間が親しくなるのはとても結構なことだけど犬はやはり犬で人間ではないのでもっと犬の気持ちになってやらないと迷惑だろうなと思うことが多々あります。犬に長々と説教しても絶対やつら分ってないですから(笑)しつける場合は手短に分りやすい方法でしてやらないと混乱するだけですね。

 それと色々な服を着せて着飾っている犬もよく見かけるけど特に長毛種の犬なんかだと、その服着せられている犬の目を見てると「暑くてたまんねんよ(笑)脱がしてくれ~」て訴えてくるようで本当に笑ってしまいます。そういう犬のお腹撫でてやるとホカホカしています。

 猫も何故か家や事務所に遊びにくる飼い猫がいます。一年中うちに遊びにくる子はどこの猫だか知らないけど一度、うちでお泊りしていった事もありますが雪がシンシンと降っている冬でも朝、気が付くとその子が遊びに来た足跡がくっきり庭についていたりします。何でこんな雪が降る夜に遊びにくるのかと思うけどキットその子の日課になっているんでしょうね。だから、うちには今のところペットはいないんですけど近所の犬や猫が沢山いるのでそれなりに面白いですよ。

2009/04/05

3本足の障害犬

 その犬は私の廻りに2匹いる。1匹は近くのガソリンスタンドに住んでいる。今から6,7年程前、誤って配達中のガスボンベがその犬の前足の上に落ち大怪我を負ってしまい直ぐに動物病院に連れて行って手術をしたのですがその後、経過が思わしくなく結局片方の前足を切断する事になった。

 

 名前を「シンノスケ」という。シンノスケはその後も毎日、ガソリンスタンドに出て暫くは近所の人が毎朝、散歩に連れて行っていた。シンノスケは片方の前足がないのでピョンピョン撥ねながら散歩する。だから少し歩いては休憩し又、暫く頑張っては休憩しながらそれでも結構長い距離を頑張って散歩していた。

 

 見ていてもピョンピョン撥ねながら歩くので大変そうで本人?も嫌なのではないかと思って見ていたけどそれでも近所の人が毎朝、迎えにいくと嬉しそうに散歩に行っていた。

 

 いつしかその近所の人も見かけなくなり最近は店の店員さんが散歩に連れて行っている。いつも店にガソリンを入れにいくと事務所前に特にリードで繋がれるでもなくベターと横たわって大人しく店番をしている。

 

 最近、シンノスケに新しい若い仲間が出来て2匹で店番をするようになり心なしかシンノスケは元気がないように見える。若い仲間はまだ子供の犬で元気一杯なので事務所の中に閉じ込められている。そんな元気な犬と比較してしまうからかもしれないが何と無く元気がなさそうに見えてしまうのです。シンノスケいつまでも元気で頑張れよ。

 

 もう1匹は自宅の近所でいつも飼主のご夫婦と一緒に散歩している犬で毎朝会う。もう5年程になると思う。この犬は名前も知らないが初めて会った時はすでに前足が片方なくてビッコをひいていた。

 

 シンノスケと同じように頑張って毎朝散歩していたがやはり体力的に辛いのだろうと思うが時々うずくまって動かなくなる。そんな時、飼主のご夫婦は決して立たせようとはしない。じっと本人が納得して立ち上がるのを待っている。

 

 そんなある日、いつものようにその犬にばったり道で会ったら前足に手作りの台車が添えられていた。きっと飼主のご夫婦がその犬の為に造ってあげたんだと思う。嬉しそうにその台車に前足をのせて器用に歩いていた。それでも長くは無理のようで休み休みなのだがしっかり自分の力で歩いていた。

 

 暫くはそんな日々が続いたが気が付くと暫く見なくなってしまった。もしかして、やはりダメだったのかな~と時々思い出しながら車でいつもの道を通勤していたらある日、突然見慣れたご夫婦が現れた。しかも手作りの木製の乳母車を押している。まるでテレビの子連れ狼に出て来るような手作り乳母車である。しかも、良く見ると乳母車には歩けなくなった例の犬が乗っているではないですか!いやはや、もうまるでその光景には執念のようなものさえ感じました。

 

 ここまでしてこの犬の為に散歩を続けているかと思うとこのご夫婦のこの障害犬にたいする愛情は尋常なものではないと思い知らされました。しかもその障害犬は全く歩けないのではなく時々、立ち止まってはその乳母車から下りてピョコピョコ歩き、又疲れたらその乳母車に載せられていつもの散歩コースを進んでいるのである。

 

 いやはや、振り返ると自分がもしこういう風になったら自分の家族はここまでやってくれるだろうか?なんだかこの犬が本当に羨ましくなってしまった(笑)体に障害があってもその分、懸命にそのハンデを支えてくれる家族や友人がいてくれるという事はこんなに素晴らしい事なんですね。

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八ヶ岳でのログハウス生活 ---木の家設計施工 森のすまい工房(有限会社アシスト

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