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2008年10月

2008/10/25

秋に森の中でフト考えた

 最近、世界的な金融不安が起こり様々な情報が世界中を駆け巡り頭の良いアナリストの方々が様々な解析と今後の予想を立てています。私のところにも昨年末あたりからこの状況を予想する情報が入り始めいよいよ始まったかという感じでした。私の浅はかな頭では難しい事はとても分かりませんが人類がこれまで築いてきた経済社会の仕組みに歪みが生じそろそろ考え直さなくてはならない時期に来ているのは何となく分かります。

 人類の幸せが経済発展にあると信じていた人は多いと思います。私も若い時にはそう信じていました。大学生の時に早く卒業して社会に出て早くお金を一杯稼いでお金持ちになりたいと思っていました。しかし、東京でのサラリーマン生活に矛盾を感じ、都会を飛び出して八ヶ岳の麓に住み自分の人生をエイヤッと変えてしまった時から「何か違うぞ?」と感じ続けていました。

 何が違うかというと都会での生活が自分の望んでいた幸せとは何か違うと感じ始めていたんだと思います。ず~と「何でかな?」と疑問に思っていたのですがある日その手の文献を読んでいたときにある記述が目にとまりました。「人類が森から出て現在のような社会生活を過した時間は人類の歴史の中ではほんの一瞬にしか過ぎない人類はその大半を森の中で過し自然と共に過してきた。だから今でも人は森の中にはいると安らぎを感じる」というような意味の事が書かれていました。なるほどそうだったのかとやっと自分でも納得したのです。

 人類は不便な森での生活を改善するために進化し2足歩行を初めそして2本の手を利用する事に目覚め、その2本の手で道具を造り火を得てそして飛躍的に進化しました。そしてやがてその進化が産業革命をもたらして現在のような社会を築くに至りました。

 では、今何が問題になっているのでしょうか?人類が森を出て産業革命を起こした事がいけなかったのでしょうか?私はそうは思いませんがその過程で考えなくてはならない大切な事を忘れてしまったんだと思います。

 それは例えばイヌイットの人達が大切にしてきた「自然との共生」という大事な事を忘れてしまったんだと思います。永遠に産業の進化が進む。そしてそれが人類の幸せに繋がると信じていたのではないでしょうか。実はそうではなかったのです。大切なのは人類は地球上に暮らす生命共同体の一部にしか過ぎないという大前提を忘れないことなのです。

 人類が今のような石化エネルギーに依存しオイルマネーが巨大な利権を生む社会構造はどう見ても人類の未来に幸福をもたらすとは思えません。それは持続可能な社会ではないからです。長い年月を経て蓄積された石化エネルギーを大量に消費する事により人類は一時の栄華に酔いしれているにしか過ぎないのです。再生不能な石化エネルギーの大量消費は地球温暖化をもたらし人類の繁栄が地球の未来に影を落とし始めました。

 私たちは今こそ未来の子供たちに負の遺産を残さない為に消費型社会構造を改め持続可能な循環型社会に切り替えていかなくてはなりません。膨張し続けた経済社会が破綻し世界中の人々がその矛盾に気付き始めた今こそチャンスだと思います。

 経済発展のスピードを落とし、痛みは伴うと思いますが未来の子供たちの為にもう一度失った自然を取り戻しその再生に人類の未来を賭けるラストチャンスではないでしょうか?現在の最先端科学技術を経済発展の為ではなく地球再生の為に智恵を絞り皆が考えていけば良いのではないかと思います。

 日本も現在の海外に依存した食糧供給体制を早く改め食料自給率を上げて荒廃した田畑を再生し自給率100%を目指すべきです。いくら経済大国になっても食料が逼迫すれば国民の幸せはありません。

 現在の日本の一次産業は林業にしても漁業にしても農業にしても経済事情最優先で疲弊しきっており先のない閉塞の中にあります。しかし、本来の人類の幸せは一次産業の中にこそあるはずだったのです。

 その為には豊かな自然環境が欠かせません。日本は早くそれに気付き本来、緑に囲まれ豊かだったはずの島国としての日本の姿を取り戻すべきです。そんな事をこの頃ずっと考えています。

2008/10/20

現代、予約事情

 先日、母の様子を見に故郷高知に12日で帰ってきました。今回は初めてパックツアーという形で飛行機を利用しての帰省になりました。

 以前、知り合いの方がやはり高知に帰る用事があってかなり前にパックのツアーという形式でインターネットで予約したらもの凄く安く行けたよという話を聞いていたのでそれじゃやってみようと思い、自宅のパソコンを開き、高知向けのパック旅行で検索をかけてみたら結構、安い料金で行けることが分かり早速予約をする事にして案内にそって予約手続きを進めていくと飛行機の座席指定も出来てこりゃ便利だと思って予約に必要なデータを打ち込み、これで終わったと一息ついてデータを送信してからフト思いついたのが「アレッ?ところでチケットはどうなるんだっけ」ということ。

 以前、同じようにインターネットで予約したときは事前の予約番号があってそれを空港の航空券の発券機に打ち込んで発券したのだけど今回はチケットレスで搭乗口までいける方法を選択したのでハテッ?チケットレスは良いけど具体的にどうすれば良いのか分からなくてもう一回パソコンを開いて確認したら送信したデータに対し返信するからその返信メールに書かれている「ナントカコード」を印刷して必ず旅行中に携帯しろとおっしゃる。

 ワケが分からぬまま言われた「ナントカコード」をプリントアウトして空港に持って行く事に・・・出発当日、無事羽田空港に着き手荷物検査室に行った。「アレッ?どこにそんな機械あるんだよ?」事前に送られてきたメールには例の「ナントカコード」を検査室にあるリーダーにかざせば自動的に通れるとの事だったがそんな機械無いじゃないかと思い、検査室の中を覗きこむとアリマシタ!X線検査の機械の横にそれと思しき機械が・・早速、自宅のプリンターでプリントアウトしてきた「ナントカコード」を読み取り口にかざすと何と!何も起こらず「はいどうぞ」とあっさり中に通された。

 ドキドキしながらここまで後生大事に抱えて来た私としては少々物足りなかったがせめて「よこここまで出来ましたね」と言って欲しかった(言うワケないか)。そんなこんなで無事、手荷物検査を通り抜け搭乗口へ、さあここからは次の難関、搭乗口でもこの「ナントカコード」をチャックインの際にゲートに翳す事になっている。

 搭乗口にある説明書を読んでみると何だ今は搭乗者全員がこのゲートに同様のものを翳して搭乗券に代えるらしい。何だ俺だけじゃなくて皆、何らかの形でこのゲートで搭乗券を受け取るんだと分かりガッカリ(内心、俺って進んでるかも・・・と思ってたのに)世の中って知らない間にこんなに進んでたのネと納得し機内の人となったのでありました。

 機内に入ったら今度は搭乗機の後ろ半分は高校の修学旅行の連中が占めていて名誉の為に高校名は言わないけどこれがまさしく幼稚園の遠足状態、飛行機が動き出せばキャーキャー、離陸すれば又キャーキャー、機体が揺れればキャーキャー、一体日本の高校生はいつから幼稚園生化してしまったんでしょうかね。引率の先生方も何も注意しないし、そういえば待合ロビーでもキャ-キャーワーワーその煩い事、煩い事。お前らもいっぺん幼稚園に戻って大勢の人がいる所ではどうしたらいいか先生に教えてもらって来い!と思いましたね。昨今、話題になっている選挙権の低年齢化には絶対反対!と改めて心に誓いました。

 マアマア余りくどくど気持ちよく無い事を考えているとろくな事ないと思い機内備え付けのヘッドホーンを耳につけて雑音をシャットアウトしていざ高知へ・・・約1時間半位のフライトで無事、高知竜馬空港へ着陸。

 母の居る病院にいって3時間程話をして当日予約したホテルへ行ってチェックインしました。受付カウンターでチェックイン、これもどうかなと思ったけど何のトラブルも無く私の名前もきっちり予約されていたようですんなりOK、最後に受付のお姉さまが「チェックアウトの際は自動チェックアウト機にカードキーを差し入れて下さい」ヤレヤレ、ホテルよお前もか・・・・

2008/10/13

第2回八ヶ岳音楽祭

 ひょんな事からプロとアマチュアのオーケストラ&合唱祭「八ヶ岳音楽祭」の会場受付のお手伝いをする事になってしまった。

 この音楽祭は12年前に「北甲斐音楽祭」として八ヶ岳山麓在住の有志が中心となって始まったクラシック音楽祭らしい。「らしい」というのも変ですが私が聞き始めたのは昨年からで丁度、名称を「八ヶ岳音楽祭」と改めて今年で2回目なので私としては2回目の音楽祭なのです。今年は著名な指揮者、飯守泰次郎氏を迎えコーラスを加えてモーツアルトの「レクイエム」がメインの演目でした。

 で、なんで私が会場のお手伝いかというとある日の夕方このコーラスの練習ピアノを担当する知り合いのOさんから携帯に電話が入ったのが始まりなのです。Oさん曰く「確か以前、お手伝い出来ることがあったら言ってくださいって言いましたよね」「エッ?エ~マア~」「でね、もう私、決めちゃいましたから」「ハッ?」「会場の受付責任者。お願いしますね」「受付責任者・・・私がですか?」「詳しい事は後日説明しますから。お願いしますね」「ハ~、でっ私は何をすれば良いのでしょう?」「難しい事は何もないですから、詳しい事は後日」「ハ~」

 またもや今年誓ったもう色々な事に絶対首を突っ込まないという誓いをこの優柔不断な性格が邪魔をし嫌な予感が頭をよぎる。心の中で警戒信号が発令されている。「どうすんだよ、又、いい加減なこと言うからこういう事にナンダロ、全くだからお前はダメなんだよ」と心が叫ぶ・・・しかし、こうなったからには後には引けないのだ。そうなのだ。

 で、後日、詳しい話を聞きにOさんの家に行きどんな事をすればよいのか伺うと、どうやら会場を担当するボランテアスタッフ14名程の責任者となってまとめてくれれば良い。しかも段取り等についてはすべて出来ており要は何かトラブルがあったらとにかく頭を下げてその場を収めてくれれば良いからという話で、まあ、それなら大したこと無さそうなので良かった良かったと納得し引き受けた次第なのです。

 しかし、まあ、こういう話は大した事ないとはいいながらも大した事がある訳で、大した事が無いようにするのがどうやら私の仕事であるようで・・とにかく様子が分らないので当日の進行表及び分担表を運営スタッフの方にお聞きしながら作って頭の中を整理し当日に備える事にしました。これさえ作っておけば後は何とか廻りの人が助けてくれるだろうとタカを括りエイヤッとこの進行表及び分担表を作成してスタッフに配り後は皆で何とかしましょうという事にしました。

 しかし、400人規模の会場とはいえほぼ満員と思われる入場者を捌き演奏者もコーラスを含め100人位だろうか?これだけの演奏者が演奏するとなるとそれなりにスタッフとの連携が必要となり公演全体を取り仕切る芸術監督、及び実際の舞台上の運営を進行するステージマネージャー、コーラス指導をするトレーナー、コーラス練習を担当するOさんのような練習ピアノ担当者、オーケストラを指導するコンサートマスターそして当然指揮者、及びコーラスとオーケストラの各パート責任者、公演の記録を担当するカメラマンそれに加えて我々のような会場を担当するスタッフも当日のチケット販売から預かりチケットの引き渡し、VIPの誘導、車イスの方の誘導、お花の預かり、報道関係者への対応ハアハア・・・これだけ書くのでも息が切れそう・・・

 これ以外にも色々ある訳で、これらがいかに細かく打ち合わせされているかでその日の公演がスムーズに進行されるかどうかが決まるといっても良いという事になるワケなのです。マア、今回はこれらの事の大半を既に運営スタッフの皆さんが段取りしていて下さったお陰で俄かヨタヨタ受付チーフの私でもなんとか務まったワケです。

 本日、この公演が無事終わり打ち上げ会場を後にして先ほど帰ってきました。終わった終わった。何事もなくて良かった、良かった。来年は絶対、一般客として会場の中で聞くと決めたのでありました。

2008/10/05

恐るべし陸自

 といっても別に戦闘とかの事を言っているわけではありません。先日、女房が陸上自衛隊東部方面音楽隊のコンサートに行こうじゃないかと切符を取ってきた。世の奥様方が好んで取ってくる以上は当然、無料である。但し、人気のコンサートで中々切符が手に入らずコンサートに先立って整理券を取ってくるのですがこれにも整理券を配り始めるかなり前に行って並ばないと取れないらしい。

 マア、しかし無料のコンサートでもあるし陸上自衛隊の音楽隊だしマア、女房に付き合うのもたまには良いかと余り期待もせずに付いていった。女房曰く、「全国大会の時にはアメリカの部隊も参加してすごい良かったらしいよ」との事であったがマア「ふ~んそうなんだ」程度の話に聞いていた。

 当日、演奏会場の役場横にあるコミュニテイーホールに行くと交通整理の係りが立っていて結構駐車場も混んでいた。ようやく車を止めて会場に向かうと楽器を積んできたと思われるトラックが止まっていて横で制服を着た隊員がタバコを吸っていた。「ふ~ん何だかアットホームな雰囲気だな。まあこんなもんなんだろな」と一人納得して会場内へ。会場時間前だったけど既に受付が始まっていてこれも田舎ならではの事で「よしよし」と中に入り席に座った。

 舞台には楽団の席がセッテングされており舞台後ろにちょうどその全国大会の時に撮影したと思われるDVDが流されていて、いかにも自衛隊の音楽隊らしく行進しながらの演奏風景が流されていた。そしていよいよ演奏が始まった。

 簡単な硬い挨拶から始まるのだろうなと思いきや以外にも美人の女性隊員が手馴れた様子でMCパフォーマンスを始め「おやっ意外と硬くないんだ・・」と思っていると演奏が始まる。

 「まっ・・始まりとしてはこんなもんか」と聞いてるうちに何だか今度は男性隊員達が歌うという。しかもこの中の一人の男性隊員が作詞作曲したオリジナル曲だと紹介されると「へ~え最近の自衛隊の音楽隊は歌まで歌うんだ」と段々、感心しはじめた。

 更に驚いたのはこの男性隊員がこの曲が出来た経緯を紹介するには先の新潟県中越地震の復興に際し地元の方を励ますために演奏活動をした時に逆に復興に前向きに励む市民達の姿に感動して出来た曲だという。「何だか目頭が熱くなってくる話だな」と思い聞いているとこれが中々良い曲でした。4人の男性隊員が各パートに分かれてコーラスをして、中々聞かせる曲なんです。「フムフム中々自衛隊もやるもんだ」と思っているうちに一部が終わり休憩を挟み第2部が始まる。

 くだんの美人隊員がMCで説明するには今度は途中でサプライズがあるという。何だろと思ううちに演奏が始まり曲が半ばに差し掛かった時に客席前方の扉が突然開いて男性隊員と思しき男二人がシャツにサスペンダーといういでたちで舞台に登場しタップダンスを踊る「いやいやこれは・・・」感心するうちに確かにプロとまではいかないが一生懸命タップを踏む姿にはとても自衛隊隊員とは思えないエンターテナーの雰囲気が溢れている。

 驚かされる事ばかりと思っていたら今度はテネシーワルツを演奏するというしかも部隊の歌姫が歌うという。どんな歌姫だろうと思っていたら背の高い女性隊員が舞台袖から現れ綾戸智恵ばりの声量で高々と歌い上げる。こりゃ参りました。とても自衛隊音楽隊とは思えないパフォーマンスではありませんか。

 最後にくだんの男性隊員が植木等や寅さんの曲まで披露するにいたるやもうこれは自衛隊とは思えない素晴らしさですっかり感動しました。

 私自身は自衛隊の海外派遣については賛成する気にはなれないし憲法9条は素晴らしい法律だと思っていますが、こういう自国の警備に当たる自衛隊という存在、中でも平和的に災害時にこういう陸上自衛隊音楽隊のように被災地の住民に希望と勇気を与える活動は素晴らしいと思います。

 最後にこういうパフォーマンスを繰り広げながらも自分の席に戻り楽器を持った途端に背筋がピシッとのびて従来の演奏に戻る自衛隊の姿はとても気持ちの良いものでした。陸上自衛隊東部方面音楽隊の皆さん又、是非、山梨に来て素晴らしい演奏を聞かせて下さい。

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八ヶ岳でのログハウス生活 ---木の家設計施工 森のすまい工房(有限会社アシスト

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