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2010年5月

2010/05/29

D51がやって来る

 八ケ岳に蒸気機関車のD51がやってきます。試験的に今日、明日の2日間と65,6日の4日間だけ一日1往復のダイヤで運行されるそうで既に乗車券は売り出して直ぐに売り切れてしまい、中央本線の沿線はマニアの方が撮影する為に朝早くからカメラの3脚を立ててその勇姿を捉えようと待ち構えています。

 私は別に鉄道マニアではないのですがTVの報道でその姿と汽笛の音を聞いて不意に心が昔に飛んでしまいました。田舎の高知の土賛本線は単線で山間の谷を走る路線でした。大歩危、小歩危なんて名前で少しは知られていますがよく谷あいに車が落っこちたり台風がくると山崩れで大変な災害になることがありました。

 しかし、昔の高知駅はそれなりに幹線駅だったのでよく蒸気機関車が止まっていたような記憶があります。高知駅は今は高架になりすっかり昔の雰囲気は無くなってしまいましたがなんとなく哀愁があり私はそれなりに好きな駅でした。

 東京に大学生として移り住むようになった時も夏休みの帰省はお金が無かったので夜行列車でした。今で言うブルートレインっていうやつですね。東京から岡山に行き、宇野から宇高連絡線(宇野と高松を結ぶのでこの名前が付いています)に乗り換えるのですがよく連絡線のデッキでウドンを食べました。(今では映画でちょっと名前がうれた讃岐ウドンですね)これを食べたら高松に着くので今度は着岸前に荷物をまとめて船の降船口に並ばなくてはなりません。そうしないと着岸して桟橋が掛かってゲートが空いた瞬間に荷物を持ってダッシュして高知行きの汽車の自由席が取れないからです。

 今から考えると信じられないような光景ですがあの頃はそれが普通でした。特急電車はそれでも座席のクッションが効いていたから良いのですが各駅停車の汽車なんかに乗ると木の座席で背もたれも直角で今みたいにリクライニングなんかしない(笑)ので腰が直ぐ痛くなってしまいました。

 高知に帰る時は今は、ほとんど飛行機を利用して帰るので羽田から2時間足らずで着いてしまいますが当時は東京駅から丸一日掛かりのちょっとした旅でした。

 時々TVでヨーロッパなんかの大陸横断鉄道なんかを見ると飛行機を利用して時間を節約する旅もそれはそれで便利だけど大陸横断鉄道なんてのも一度は乗ってパノラマのヨーロッパの景色を車窓から眺めながら食堂車でフルコースのデイナーなんてものをゆっくり楽しむなんて旅も良いな~なんて憧れてしまいます。

 人は便利さを追求しながらも不便さのなかに又楽しみも忘れられないものでしょうか?移動手段としての鉄道機関も蒸気機関車からデーゼルにそして新幹線からリニアモーターカーへと、どんどん高速化が進み便利になっていきます。

 しかし、最近私はよく感じるのですがただ乗っているだけでも体は疲れます。その疲れは時間の長さによる違いも勿論あると思いますが、単に早いと疲れが少ないという事でも無いように感じるのです。

 早ければ早いだけ乗ってる方も緊張を強いられてやっぱり疲れます。正直言って私は新幹線でもかなり嫌だな~と思うことがあるのでリニアモーターカーには余り乗りたいとは思いません。何が?って・・・どうも車窓からの景色が流れるスピードが速すぎて目が付いていかないのです。

 その点、飛行機は比較する景色が遠いので余り実感として「時速500キロで飛行中です」何て言われてもそれほど早いと感じないのです。

 私は鉄道はもうこれ以上早くしなくても良いのではないかと思います。むしろ、車窓からの景色がもっと楽しめるようなパノラマ電車とかフランス料理のフルコースが楽しめる食堂車とかもっと娯楽性を持たしても良いのではないかと思います。日本には美しい景色がまだまだ鉄道の沿線には広がっているのですから。

 

 D51がどうして復活する事になったのか詳しい経緯は知りませんが鉄道の楽しみかたはまだまだ沢山あるように思います。JRさん、そこのところ考えてくれないかな~

2010/05/24

自主上映作品「葦牙(あしかび)」の上演終了で感じたこと

 昨日、北杜市長坂町のコミュニテイーホールでドキュメンタリー映画「葦牙(あしかび)」が上映され雨にもかかわらず200名を越える観客の方が集まりました。

 昨年の「いのちの作法」に続く自主上映映画として小淵沢の知り合いのペンションオーナーが企画し、そのスタッフとしてチケット販売と駐車場整理をお手伝いしてきました。

 昼夜2回公演なので昼過ぎに会場に集合し打ち合わせ。今回は2回目なので前回よりも勝手が分かっている分、役割分担や動きも無駄がなくスムーズに進みました。

 それと今回はこういっては何ですが前回の「いのちの作法」が老人医療がテーマだっただけに過疎地を抱える町としては感心が深いテーマで昼夜共満席という大変な緊張がありましたがそれに対して「葦牙」は児童虐待がテーマだけにいまいち反応が鈍く観客も前回ほどは集まらないだろうという予測で気は楽でした。

 しかし、今回の上映にあわせて駆けつけてくれたデイレクターの都鳥さん兄弟のお話によると200名をこえる観客が集まる事は初めてということでそれなりに反応があったのだろうというのが驚きでした。

 冷たい雨の中、私を含め3人の駐車場係りが気楽に「マア、今日は気が楽だね」何て気楽に考えていたら開場40分ほど前から続々と車が入って来て「あれ?何だか多くない?」と思いきや、昨年もお会いした「八ケ岳音楽祭」のスタッフの方がニコニコしながら寄ってきて「ヤア、又お会いしましたね」と声を掛けられ、何と今年も八ケ岳音楽祭のコーラスの練習日と重なってしまい結局、駐車場は満車状態となりほぼ1台の余裕もない状態で開演を迎えることになり「何だ、結局大変だったね」という事になりました。

 しかし、コーラスに集まった人達の中にも何人か知り合いがいて「今日は何やってるの?」と声を掛けて頂いたり勿論、私からチケットを買って頂いた方達も「やあ、来たよ。ご苦労様」と声を掛けて頂いたり、こういった雰囲気って本当に心地良いなと思いました。

 たとえそんなに興味は無くても「あの人がやってるのなら見てみるか」という方が結構いたと思います。テーマとしても重いテーマなので果たして本当にどれだけの人が感心を持って見てくれるのかという思いもありましたがこうやって200名を越える人達が呼びかけに応えてくれて集まってくれるというのは本当に素晴らしい事だとつくづく思いました。

 

 上映に先立ち都鳥兄弟の映画紹介があったり上映後に小池監督の撮影に関わる裏話やウクレレによる主題曲の演奏など一般の映画上映とは違う自主上映映画作品ならではの手作り感や臨場感がありこれが又、たまらない魅力でもあります。

 昼夜2回公演だったので1回目の駐車場整理が終わった後、冷え切った体と濡れた服を乾かす為に会場のロビーに戻り、時間があったので楽屋にお邪魔して監督や都鳥さん達兄弟と談笑して時間を過ごしました。

 そして1回目の上映が終わる頃、監督達は舞台挨拶に備えて舞台袖に戻り我々は上映が終わって帰るお客様のお見送りにロビーで待機しました。私からチケットを買って頂いたお客様も会場を出るときに挨拶に寄って頂いたり、作品に感動して頂いた方がパンフレットを購入して監督のサインをして貰ったり、いつもの上映後の光景が今回もロビーに広がっていました。

 そして2回目の上映は午後5時半から、日も暮れ始めてますます雨もきつくなり「2回目は果たしてお客様はくるのかな?」と思って駐車場の誘導をしていたら何組かの方が「当日券はまだありますか?」と聞いてきて「勿論?大丈夫です」と応える事がありました。おそらく用事があって見れるかどうか分からないのでギリギリ間に合わせて来てくれたんだろうと思いました。

 普段は全く気に掛けないような事や知らないまま過ごしているこういう事柄が本当は人の繋がりを深める大事な事なんだと改めて思い知らされました。

 大型劇場で上映されるハリウッド作品のような娯楽性はないけど派手な演出や3D映画のようなダイナミック性もないけどこういう手造りの社会派ドキュメンタリー作品をギリギリの予算で制作し地方に出掛けて行って舞台に立って観客に直接、映画の持つ意味を知って貰おうとする製作側の人達がいて、それに共感して上映に向けて自分の時間を費やしてバックアップする人達がいて・・・何だか雨に濡れて寒くて疲れたけど気持ちの良い一日でした。

2010/05/18

故郷の川

 故郷の高知で親戚の結婚式が開かれるので久しぶりに墓参りと母の様子を見るのを兼ねて高知に帰って来ました。

 近くのJRの駅から羽田行きの高速バスが出ているので、そこまで車で行き、駐車場に車を止めて高速バスに乗り換えて羽田まで約3時間。羽田から高知まで1時間20分のフライトで着いてしまいます。昨年の夏から帰ってないうちに飛行機のサービスがすっかり簡略化されてドリンクサービスも基本的に有料サービスになっていて驚きました。航空会社も生き残りをかけてスリム化を図っているという事みたいですね。

 高知竜馬空港についてからレンタカーに乗り換えて結婚式場へ向かう。結婚式場はいわゆるブライダル会館ではなく土佐和紙の体験工房をブライダルイベントにも利用出来るようにした初めての試みとの事で、その建物は昔、私が良く遊んだ仁淀川という大きな川の川べりに建っていました。

 昔、父方の伯母がその仁淀川の源流に近いところに住んでおり学校が夏休みになるとよく伯母の家に泊りこみで遊びに行っていました。昔は川べりの道は狭くてその道沿いに家が立ち並んでおり路線バスはその軒先すれすれをかすめるように進んでいました。

 仁淀川の源流に近い所にある仁淀村という村が伯母の家があるところで山と川に挟まれた自然豊かな村でした。伯母の家で夏休みを過ごす間、仁淀川に毎日、泳ぎにいって近づいてはダメと言われていた深いよどみに潜って魚を追いかけたり、川の中の岩の下にそっと手のひらを潜り込ませると潜んでいた小魚がその手のひらに乗ってくるところを捕まえたりして遊んでいました。そう、昔は手掴みで魚を捕っていたのですよ。

 余り、長く川に入っていると唇が青くなって伯母に叱られるので昼からは山にいって丁度、夏休みで帰っていた年上の従兄が持っていた空気銃を貸して貰い、木の枝にとまった鳥を撃ったり、棒の先にネバネバの粘土のようなものを塗った長い棒を持ってセミを捕まえたりトンボを捕まえたりしていました。

 そんな子供達の遊びを支えてくれていたのが仁淀川でした。久しぶりに見る仁淀川は何だかすっかりきれいに護岸が施されて奇妙に綺麗だったけれど広い河原は昔のままで、違うのは昔はなかったカヌー教室やラフテイング教室なんていう洒落た体験教室が開かれていてライフジャケットを着けた元気な若者から結構、年のいった中年の夫婦までが楽しそうに川遊びを楽しんでいました。その割に子供達の姿を全然、見なかったのがちょっと気になるけどマサカ家の中でゲームなんかしてるんじゃないよなと思いつつ昔、遊んだ川を久しぶりに眺めていました。

 そういえば成人した我が家の子供達も「初めて沈下橋を渡った。手すりもなくて危ないよね」なんて言ってたよな。「そうか、沈下橋を見た事なかったのか・・・」とその時、初めて思い当たりました。

 高知は台風が多いので川の水かさが増すと上流から倒木が流されてきて橋に引っかかって橋を壊してしまうので手摺もつけず台風で水かさが増した時は川の中に沈んでしまうように造られたのが沈下橋です。

 確かに危ないかもしれないけど小さい時から沈下橋から人や車が落ちたなんて話を聞かないので不思議なもんですね。子供達にとってはこの沈下橋から川に飛び込むのが度胸試しになっていて結構、少年達の危険な遊びになっていました。

 高知では四万十川の方が全国的にはすっかり有名になってしまったけれど私にとって高知の川は仁淀川と鏡川、それとすっかりどぶ川になってしまった高知駅前を流れている江ノ口川が故郷の川なんです。

 江ノ口川は父方の祖父が川岸に家を持っていてその庭にある地下に続く階段を下りていくと船着き場があり祖父の船がそこに舫ってあり、その船に乗り込んで川との境にあるゲートを開くと江ノ口川に乗り出せるようになっており、そこから浦戸湾に乗り出すと太平洋まで出て行く事が出来る仕組みになっており、その地下の船着き場は子供だった私にとって秘密のサンダーバード基地になっておりワクワクする場所であり、祖父はその基地の持ち主として私にとってはヒーローでありました。

 私がまだ子供だった頃、故郷高知の川は間違いなく子供達の遊び場だったのです。

2010/05/09

猫の巨大な巣箱造りました。

P1010003 P1010001  我が家の猫達はちょうど今が育ち盛り、一日中

部屋の中を走り回っているかと思えばいつの間にかどっかへ消

2匹で寝ている。最近困ったのが女房殿の大切なデッキの物干し場。いつもサンルームから出入り出来る様になっているのでそこから洗濯物を持って干していたが何せ興味津々の猫達がその出入り口のドアが開くのを今か今かと待ち受けている。ちょっとでも隙を見せればパ~と飛び出して行ってしまい後はサヨナラ~となりかねない。

 何せ廻りは森だらけなので一旦飛び出したら多分、暫らくは戻って来れない。そこでこれは何とかしなくてはナラヌということになり、仕方ないので網を張ることにした。しかし、もともとそんなつもりで造っていないので網を張るったって簡単にはいかないし外から見た体裁もあるので余り変な網も張るわけにはいかない。仕方ないのでホームセンターに行って農家の鳥除け用の白いネットを買ってきた。

 これを何とか物干し場の廻りに張り巡らして猫が飛び出さないようにと目論んだ訳です。しかし物干し場は地面からは結構高い位置にあり屋根までネットを張るのは結構、大変。結局、高い脚立を引っ張り出してきてそれでも足りないところは室内側から脚立を立てて何とか外へ体を乗り出して結構、危ない姿勢で作業せざる得ない状況でした。

 ちょうど作業した日は午前中は生憎の天気で雨が降り、何とか午後に天気が回復するという中途半端な天気模様で結局、作業可能な時間は半日、何とか全ての作業を半日で終わらせねばならぬ状態で「こりゃよっぽど段取り良くいかないと今日中には終わらないな」と自分に言い聞かせ兎に角手戻りの無いように資材を用意した。

 資材たって使うのは鳥用のネットの他は床下に放り込んであった木端を引っ張り出してきて出来るだけ余分なものは買わないようにして作ったのであちこちツギハギだらけだけどそこはそれ自分の家なので良しとして見かけは気にしない事にした。

 見かけはどうでも良いのだけで問題はうちの猫達のヤンチャぶり。何せ家のカーテン登りは全て成功しどんな高い所へでも平気で登って行く。鳥除けネットなんざ多分、楽勝でテッペンまで登っていくはず。という事は屋根の隙間は絶対開けられない。

 しかし、何で俺、こんなもの造らなくちゃいけないんだろ?何て事を思うより手を動かせ!状態で兎に角、ネットを張り巡らした。その結果が写真のような巨大な鳥籠ならぬ猫の巣箱。

 何とか出来たものの本当に連中が網を破って出て行かないかビクビクと試しに出してみた。連中、始めは恐る恐る「何だこれ?」てな調子で辺りを伺いながら外に出てあちこち匂いを嗅いだりして調査をしていた。

 丁度たまたまその時に悪いことに我が家の前をいつも通っていく馬が通りかかった。その瞬間、猫はパニック!ワンニャン!ワンニャン!と騒ぎ出し(我が家の猫は何故か犬のように鳴くのである)一目散に家の中に逃げ込んだ。やれやれこれで少し懲りてくれれば安心、安心。

 しかし、段々なれてくると連中、やはり手摺に登ったり網に爪をかけて登り始めた。又、悪いことに屋根の間に少しだけ空いた隙間から鳥達が中に迷い込んで出れなくなり逆鳥の巣状態になってしまい。こんな所を猫が見つけたらそれこそ迷い鳥を追いかけて黒鳥のコウノトリを襲ったテン君状態になってしまう(丁度我が家の猫はテンそっくりの容貌をしているのである)ここは早々に立ち去ってもらわねばナラヌところですが暫らくしてくだんの鳥サンは漸く出口を見つけ出て行ってくれた。やれやれ、鳥サン達には迷惑なことだと思うけど余り我が家の猫を刺激しないでね。

2010/05/01

自主上映映画「葦牙(あしかび)」

 今年も自主上映映画のお手伝いをする事になりました。映画のタイトルは「葦牙(あしかび)」と言います。葦牙とは葦の若芽をさす言葉だそうです。

 この映画は岩手県盛岡市にある児童養護施設、「みちのくみどり学園」の活動を描いたドキュメンタリー映画です。例によってスクリーンでの上映のみで公開される映画で日本各地で自主上映されています。昨年も上映のお手伝いをさせて頂いた「いのちの作法」の監督、小池征人さんの作品です。

 この映画のテーマとなっているのは児童虐待です。テーマとしては凄く重いと思われがちですが、作品内ではこのテーマを淡々と追い続けており、私が凄いと思ったのは映画に出てくる子供達も実名で顔を隠す事無く登場し、虐待をした側のお母さんも普通に顔を出して映画に登場して淡々とカメラの前でその心情を語るというこの映画の方針とそれに賛同して撮影に全面的に協力した「みちのくみどり学園」のスタッフの方達の姿勢です。

 そして何より感動させられたのは親から虐待を受けて保護された子供達が複雑な心の葛藤を抱えながら懸命に自分という個の存在を何とか見つけようとする姿とそれを何とかサポートしようとする学園のスタッフの方々の並々ならぬ真摯な姿です。

 「みちのくみどり学園」は児童虐待を受けた子供達だけを保護している施設ではなく、もともと虚弱児施設として創立され、今でもその3割は病気療養やその他の理由で入所している子供達の養護施設です。それがまさにこの「みちのくみどり学園」の特徴的な姿になっています。

 映画の中にも出てきますが複雑な家庭環境に晒され親から虐待を受けた子供達をどうしたら自立させる事が出来るかという難しい仕事に取り組まなければならないスタッフの葛藤を園長さんが語っています。それは決して一括りで語れるものではありませんが昔、学園で無念にも病気で亡くなっていく虚弱児達を見つめてきた園長さんにとって子供たちの命があるということだけでも有難い事だという、その取り組み方の姿勢がこの学園を支えているポリシーだと私は思いました。

 私自身も3人の子供の父親であり昔、自分の父親とは余り仲良く暮らしたという経験がなく父親から暴力も何度も受けました。父は酒を飲むと性格が変わるところがあり、よく酒を飲んで暴れていました。

 しかし、昔はそんな事は余り珍しい事とは捉えていなくてどこの家庭でも大なり小なりこんなものなのかな?と自分でも思っており、父が酒を飲んで暴れて帰ってくると眠った振りしてやり過ごしたり母に暴力を振るう事があれば飛び出していって父の足にしがみ付いたりした事もありました。

 この事が現代でいうと正に児童虐待だったのかも知れません。よく児童虐待を起こした親が「躾のつもりだった」と言いますが本人達の意識はまさにそうだったのかも知れません。そして、その事こそがこの児童虐待の持つ問題なのかもと思います。

 私の父は暴れましたが私が止めに入ったらそれを振りほどく事はありませんでした。きっとフト我に返り自分のしている事に気付く瞬間があったのだと思います。

 児童虐待はそれを受けた子供達にとって暴力という負の連鎖を生む心の傷を与えます。私自身も子供のいる親ですが決して褒められるような父親ではありませんでしたし子供に手を上げた事も何度もあります。しかし、父親から受けた暴力が心の反面教師になっている事は間違いありません。酔って子供達に手を上げるのだけは絶対止めようと自分が子供の頃に強く心に誓ったからです。

 同じようなシーンがこの映画でも出てきます。虐待を受けた子供達が親に対する「恐れ」を払拭出来ずに苦しみながらも自分達だけはその暴力の負の連鎖を止めなくてはいけないと語るシーンがあり、そのシーンには思わず忘れかけていた昔の記憶が蘇ってきて自分と同じ事をこの子供達も考えているんだと知り驚きました。

 いつの時代も被害を受けるのは子供達や立場の弱い人達です。この映画を観る事によって未来を担う子供達の葛藤を一人でも多くの人に知って貰いどうしたら良いのか一緒に考えるきっかけになればと思います。

 「葦芽(あしかび)」は523日(日)北杜市長坂町のJR長坂駅前にある長坂コミュニテイホールで午後2時と午後5時半の2回公演で上映されます。チケットの必要な方は私の方でも取り扱っておりますのでこのブログにコメント頂ければお取り出来ます。

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八ヶ岳でのログハウス生活 ---木の家設計施工 森のすまい工房(有限会社アシスト

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