深夜の決闘
深夜、今日もなんやかやで風呂に入るのが遅くなった。やっと熱い風呂につかり一日の疲れを癒そうと湯船に体を沈める。目をつぶり心地よいお湯の温かさにうっとりとした後、ゆっくりと目を開けると視線の端に何かが動いた。我が家は丸太小屋なので風呂も丸太で出来ている。その隅っこにジッと佇む小さな黒い点が瞬間、僅かに動いたのだ。
イタッ!今日も奴が我が家の片隅に佇んでいる。グロテスクなその姿は全身が黒と焦げ茶の縞模様で地の果てから這い出してきたような格好をしてジッと体を縮めこちらの動きを探っている。長い手足、特に自分の体の3倍はあろうかと思われる後ろ足はその体の大きさに比べて異常に長く、その足を二つ折りに畳みジッと体を沈めてこちらの気配を探っている。緊張した時間が流れる。いつもの事だ。こちらが攻撃する気配を見せると奴は類まれな跳躍力を駆使し恐ろしいスピードで飛び掛ってくる。絶対、こちらの意図を探られてはならない。何せ、こちらは素っ裸だ身を守るものは何もない。一瞬で倒すしか勝ち目はない。何食わぬ顔で体を洗う。とりあえず何か対抗する武器が必要だ。手にした体洗い用のタオルに石鹸をこすりつけ体を洗いながら目の端にジッと奴の動きを捉える。大丈夫だこちらの意図にまだ気が付いていない。チョコチョコと小刻みに移動しながら脱出経路を探っているようだ。
体を洗い終わり全身にお湯をかけて残った泡を洗い流す。これからが勝負だ。こちらがちょっとでも不審な素振りをみせたら負けだ。あっという間に奴はこちらを飛び越えていくだろう。体に付いた泡をすっかり洗い落とした後、洗面器の中のお湯を流し終え、手にしたタオルを硬く絞り出来るだけ水分を抜いて強度を増し、振り回しやすい形に整える。もう一度、奴の位置を確認する。チャンスは何度も無い。ダメだ位置が悪い。一撃で倒すには近くの丸太の壁が邪魔だ。もう少し奴が出て来るのを待つしかない。とりあえず動きを止め、座ったままじっとチャンスを待つ。奴もどうやらこちらの動きの変化を察知したらしくジッと止まって様子を探っている。
お互い目線を合わす事無く静寂な時間だけが過ぎていく。何秒経ったのだろう、静寂に耐え切れなくなって奴が動いた。今だっ!右手に持っている硬く絞り二つ折りにしておいたタオルを奴の上に叩き下ろす。一瞬、奴の動きの方が早くタオルが振り下ろされる瞬間、体を右にかわし姿が消えた。目にも止まらぬスピードだ!アッという間に高く跳躍し姿を消す。素早く辺りに目を移す。イタッ!足元に迫っている!素早く第2次攻撃をかける。これも一瞬、奴の動きがこちらを上回りギリギリのところでかわされ左に飛んだ。
しかし、今度は跳躍する奴の姿を一瞬捉える事が出来た。着地した瞬間が勝負だ。さすがの奴も着地してから次のジャンプを決めるのに若干のロスが生じる。その一瞬、奴の動きが止まる。全身の力を振り下ろす腕に集中し狙いを定める。
バシッ、鈍い音がして一瞬、静寂が訪れる。そばには白い腹を上にして長い手足をそれでも動かす奴の最後の姿が横たわっている。私は洗い場の排水の蓋を外し洗面器に湯船のお湯を汲み奴の死体に注ぎ、排水口へとゆっくりと流し込む。
ふ~、これで良し。今日の戦いも終わった。外から女房が「どうかした?」と声を掛けてくる。「何でもないよ~」と俺、これで後から入ってくる女房の叫び声を聞かずに済む。何せ、女なら誰でも入浴中に奴の姿を見かけると叫びたくなるもんだ。これからも奴との戦いは続く・・・・
蜘蛛?
投稿: shappy | 2008/08/06 14:48
shappyさん、こんにちは。蜘蛛ではありません。奴の名前はカマドウマ・・・あまり出会いたくはない奴ですぜ。
投稿: kikori | 2008/08/07 08:58
社長さま カマドウマvs社長の格闘シーンの細かい描写表現を読んで私の頭の中で素っ裸の社長さまが戦っているのがイメージできました。勝利したことより奥様に対する愛を感じました。私もそんな男になりたいです。さて、カマドウマでもさがしてこよっと。
投稿: たけ | 2008/08/09 09:56
たけさん、お久し振りです。カマドウマは居ない方が良いですよ。家庭内の平和の為にも・・・
投稿: kikori | 2008/08/09 19:03