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2008/03/02

「偽」に近づくな

「偽」最近、何かと話題の言葉ですが今年も流行るのでしょうかね。この言葉が流行るのも困ったもんですが昨今なにかと取り挙げられることが多い言葉です。これもメデイアが発達して情報がお茶の間に溢れる様になった事も一因となっているのでしょう。

 一人の人間を取り上げた時にこの人の本心を知ると言う事はとても難しい事ですよね。以前、どこかの会社が謝罪会見している時に頭を下げながらうっかり呟いた言葉が高性能マイクに拾われてしまいこの人が頭を下げながら実は何を考えていたかが分かってしまいましたがある意味これはこれで怖い事ですね。

 私は人間誰しも人に知られたく無い事や言えない事の一つや二つはあると思います。これは「偽」とは又別の次元の事ですけどね。私なんか自分でもどうしようもない俗人ですのでそれこそ「これだけは・・・」なんて事が一杯あります。でもある意味、だから人間って面白いと思うのですよね。普段、苦虫をつぶしたような強面をしている人が家ではどうしようもない子煩悩だったり逆に、人前ではものすごく良い人なのに裏に廻るととんでもない悪人だったりとホント人間って分からないですよね。   だからその人の本心を知りたくなって色々と探るわけですが本当の事は本人にしか分からないですし逆に本人だけは自分の気持ちを「偽装」しているかどうか分かっているのですよね。

 でも自分の気持ちを偽装しながら生きていくという事は何だかとても辛そうですね。出来れば正直に生きた方が楽そうです。今、世の中に求められているのは色んな事情があっても「偽」はやめて正直にやりましょうよということですね。私もこれから(別にいままでも正直に生きてきたつもりですけど・・・)「偽」を取り繕わなくてもよいようにしなくてはと思っています。

 今ふと思い付いたけど恋愛なんかもじつに「偽」が似合いそうなジャンルですね。この人は本当に私の事をどう思っているんだろ?好きなのか嫌いなのかあるいは何とも思っていないのか?この駆け引きは正に「偽装」かどうか見破る技の応酬のようなものですね。二股や不倫なんてのは偽装そのものだったりする訳ですね。

 政治家なんてジャンルも「偽」が似合いそうなジャンルですね。記者会見や国会答弁を聞いていると本当は違うんじゃないの?何て思う事が多々ありますよねこれって偽装発言ってことでしょうか?

 字は似てても「擬似体験」の「擬」や「仮想」の「仮」なんてのは曖昧な雰囲気がして棘がないですね。

 例えば私の大好きな映画なんかは正に擬似体験そのものですね。時空を越えていったり宇宙に飛び出したり大悪党になったり大統領になったりと自由に疑似体験をさせて貰えます。だからきっとやめられないのでしょうね。 

 しかしこと商売に関して「偽」というのは儲かるようで中国の偽装ブランド品とか映画でも盗撮による偽装DVDとかが出回っています。これは困りますよね。折角積み上げてきた実績とか研究や努力を何の苦労もせずに盗むわけですからこれはいけません。消費期限とか原産地表示偽装とかとは又違った意味で許されるものではない行為です。

 まあ、いずれにしても「偽」には近づかない事ですね。「偽」を見破る技術もこれからは必要かも知れません。そうする事によって「偽」に近づかずに済むかも知れません。

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八ヶ岳でのログハウス生活 ---木の家設計施工 森のすまい工房(有限会社アシスト

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