2006/06/19

侵入者

 森の中に住んでいると人間以外に色んな生き物が我が家を訪れる。夜勤明けで1人で家で寝ていた我が家の長男は玄関に誰かが居る気配を感じて思わず玄関を開けようと近づいた瞬間、ワッ!玄関の前に立っていたのは立派な角を生やした牡鹿だったそうな・・・

 ハテ又、この時期困るのが夜ワンサカと集まる蛾の大群、夜、うっかり玄関の照明でも点けていようものならやっと家にたどりついてもうっかり玄関を開ける訳にはいきません。なんせドアをあけた瞬間、家の中に我が身とともに10匹くらいの蛾様がいっしょにご入場となる事間違い無し!

 小さなウゴメクものの代表はアリさん。この時期必ずどこかのお宅から「大変です!アリの大群が家の中に発生しています。早く見に来て下さい。」というSOSが入る。森の中に住んでいるとこれは避けられない侵入者ですね。しかしアリさんも余り多くの侵入者となるとこれは放っては置けなくなるので要注意、噛まれたり家の中に巣を作られてすっかり乗っ取られかねませんからね。

 そしてもうひとつの小さなやっかいもの「カマドーマ」・・よく別荘を建てられたばかりの方なんかは「家の中に可愛いコオロギが出るんですよ」何て嬉しそうな話をしている方がおられるが多分それはこの辺りでは間違いなくコオロギではなくカマドーマ、別名「一間跳び」文字通り一間くらいピョーンと飛ぶので一間跳び・・これを1匹みかけると間違いなく床下にあと100匹くらいは居ると思われよ・・まあ別に悪い事をするわけではないけれど何せ連中は数で勝負に出てくる。夜、ゆっくりログの風呂にはいってよい気分になってさあそろそろ体でも洗うかなんてタオルを持つとその裏側にこいつがへばりついているウアッツ!と叫ぶとピョーンと飛んで壁に張り付きあとは風呂の壁や天井を自由自在に飛び回る。捕まえるのを諦めて改めて湯船に浸かっているとこいつが頭の上に飛び降りてくる。まったく手に負えないやつである。

 こいつは侵入者ではないが最近の我が家のトピックは2階の天窓の外に生えてきた木である、そう、まさに天窓から木が生えてきたのである。最初に女房からどうも家の屋根から木が生えていると聞いた時にはそんなバカな・・・と思って見たら本当に天窓付近から確かに木が生えている。どうやら天窓の上に降り積もった唐松の枯葉の上に多分、何かの種が落ちて発芽したものが大きくなったらしい。家主としては誠に恥ずかしい事でありますがちっともシラナンダ。今度の休みの日にさっそく屋根の上に登ってその木を引き抜く予定である。可愛そうなんてはちっとも思わないのである。とんでもない奴である。

 侵入者として一番警戒しているのがヘビである。別に毒ヘビだからという訳ではない、単にヘビが大嫌いなだけである。一度、基礎の点検口付近で脱皮したヘビのナガ~イ皮を発見してしまったものだからどうも具合が悪い、床下にこいつの本体が居るかと思うと鳥肌がたってしまう。コトワザではヘビは幸運の使者なんていうけどダメなのである。

 未だに姿を見せないあやしい奴は床下で何やら我が家の土台を齧っている奴である。多分、野ねずみの類では無いかと思うのだが夜になるとカリカリカリと床下を齧っていやがる。時々猫がその音に反応して警戒して飛び掛る姿勢を示すのだが相手は音はすれども姿は見せずなのでどうしようもない。仕方ないのでドンドンと床を蹴っ飛ばして「ヤメロッ!」と言っていると最近はしなくなった。嫌気がさしてどこかへ引っ越したのかも知れない。

 一番臭い侵入者はカメムシである。連中はどこか木の中の小さな穴倉に卵を産み付けて一気に這い出してくる。そしてブ~ンと部屋の中の照明目掛けて飛んでくるのである。これを捕まえようとしてうっかり掴んだりしたらサア大変!いやはや臭いのナンノ・・とにかく嫌な匂いを発生させてこれがいくら石鹸で洗ってもも取れないから困る。コツはとにかくウチワかなんかをつかってその上に乗り移るように静かに仕掛けて旨く乗り移ったらすばやく窓を開けて刺激しないようにゆっくり移動してその窓から放り出す!これが一番である。

2006/06/11

山間の村・川

Kawa 仕事で静岡県の天竜杉を使っているので市町村合併で浜松市になった天竜地域に行く事が多い、山梨から天竜地域に行くのは近そうで遠い。直線距離では大した事無いのだが何せ間に南アルプスという高い山脈がそびえている為にこの南アルプスを如何にかわして行くかがポイントになる。大きく分けて東ルートの中央高速・甲府南ICで降りて精進湖を抜けて富士宮に入り東名高速・富士ICにいたるルート、中ルートの韮崎から国道52号線に入り富士川沿いに清水に出て東名高速・清水ICにいたるルート、そして西ルートの中央高速・飯田ICに出て天竜川沿いに南に下るルートの3本である。

 色々試してみたが今は飯田ICから天竜川沿いに行かずに国道153号線を通って鳳来寺の横を通る国道257号線を抜けていくルートを教えて貰いこの道がお気に入りの道になっている。この道は昔の三州街道~伊那街道と呼ばれるルートで山間にひっそりと昔の面影を残す小さな町並みや美しい川が流れている。

 写真は三州街道を抜けた国道10号線沿いに流れている桧原川という美しい川である。余りに美しいのでつい車を止めて川沿いの木々越しに写真を撮った時のものです。

 この街道沿いには寒原峠、治部坂峠、平谷村、赤坂峠、根羽村、折元峠、設楽町、鳳来寺山と昔と変わらぬ峠道が続き、古い街道沿いの村々にはひっそりと年月を刻んだと思われる旧家がたたずんでいる。車を運転しながらこれらの道沿いの家並みを見ていると何だか時間を遡っているような錯覚に陥る。日本人が忘れてしまった昔の自然と一体に暮らしていた時代の風景がそこにはある。

 今ではこのひっそりと暮らす村の上空に第二東名高速道路の橋脚が巨大なオブジェを思わせる異様さで聳え立ちそのアンバランスな姿をさらけ出しています。自然と共に暮らす風景は誰にも美しいと思わせる威厳さが備わり、そこに割って入る巨大な人工物には不遜な圧迫感を覚える。

 ここ八ヶ岳にも美しい街道がある。ようやく重い腰を上げた政府も景観法を成立させて日本風景街道(シーニックバイウエイ)として美しい日本の街道風景を守っていこうという姿勢を示し始めた。経済効果も確かに大事かも知れないが人々の生活や健康に直接関係してくる自然を損なっては元も子もないのでは・・・などと思ってしまう美しい街道に出会う事が出来ました。

2006/06/04

森の現状

 「新月の木」の会合で明治大学名誉教授で工学博士の藤井石根先生の講演を聴く機会に恵まれた。先生は熱応力、太陽熱の動力化等の研究をされており「日本太陽熱エネルギー学会」の元会長をされている。今回の講演のテーマは「緑の悪化とバイオマスエネルギー」という事でしたが我々シロウトにも分り易い説明で非常に感銘深い講演でした。

 先生がこの講演の中でもっとも憂いておられたのは加速度的に進む地球温暖化に対する懸念です。私が以前から不思議に思っていた八ヶ岳における気候変動のひとつが温暖化による冬季の降雪量の多さです。何故そうなるのか何回聞いても良く分らなかったのですが先生の話を聞いてなるほどなと思いました、つまり大気中のCO2の増加によりメタンガスが地球を覆いその結果温室化した海水温度が上昇し大量の水蒸気が発生する。その水蒸気が大雨や雪をもたらす結果になっているという訳です。

 聞いてみると「ナルホドナ」と頭の中で理解は出来るのですがこの話はスケールが違うのです。現在、地球上では巨大な規模でエネルギー問題と食糧問題が発生しています。何の事かと言いますとエネルギー問題は言わずと知れた石油備蓄問題です。世界がこのままのスピードで経済成長を進めるといずれ石化エネルギーは底をつきしかも長年蓄積されていたCO2が大気中に放出される事により地球温暖化が加速され結果、大気中の酸素濃度が低下しその事が食糧不足による飢餓を発生し生態系の崩壊を迎える結果になりかねない状況です。現在、アマゾン・東南アジアの熱帯雨林のうち東南アジアの70%に日本の業者が伐採に関わっています。

 世界のCO2発生国のトップは中国です、その次がアメリカ、この経済大国の2カ国が地球温暖化防止活動を定めた京都議定書から外れています。この2カ国の積極的な参加なくしては温暖化の抑制はありえないのです。

 この様な状況における森林に期待される効果は言わずとしれた木の光合成によるCO2の固定です。木は大気中のCO2を取り入れて酸素を放出しています。長くこの固定化されたCO2を留める事、つまり木を有効に長く使う事が今後重要な課題になってくるのです。森林にはこの他に・土壌の保水性(緑のダム)・蒸散作用の促進・河川や大陸棚の養分の供給・大気汚染の防止と浄化作用・土壌飛散の防止と防風効果・防塵と消音効果、そして癒し効果と数え切れない程、地球を維持していく上で貴重な役割を果たしています。

 長々と先生の講義内容を右から左へと書き連ねてきましたが最後に先生の講義で一番印象に残った言葉は「現在の地球温暖化を抑制するのに我々が身近に出来る事は省エネルギー、1970年代つまり昭和45年頃の日本のエネルギー消費量は現在の50%です。あの頃の生活を維持できれば温暖化は抑制できるのです。あの時代、我々は不幸だったでしょうか?」路面電車が走り回っていたあの時代に戻る事は出来ないんでしょうか?

2006/05/29

山登り

久しぶりに山登りに行ってきました。山登りといっても私が関わっているNPOのイベントの一環として八ヶ岳の原生林をみにいくツアーに参加したのですが、天女山の登山入り口から入って前三つ頭の下、標高2000mまで行って引返してきました。

今年はまるで梅雨の様な天気が続いており当日も朝から生憎の小雨が降ったり止んだりの天気で予定ではもう少し上まで行く予定だったのですが30人近くの参加者が一度に山に入っているので安全を配慮して2000mの標識のところで引き返しました。

登山道の入り口は標高1300mくらい、登り始めてすぐ白樺の林が右手に広がります。最近、間伐作業が入り、唐松を切り倒してありました。残念ながらどこの間伐も山の中に切り捨てられており運び出されたり利用されたりする事はありません。足元にはミヤコザサが生い茂り次第に高度が上がってきます。

暫くいくと見晴らし台のように広がった場所に出ます。晴れていれば南アルプスや富士山が一望できる場所なのですが当日は生憎の霧で全く視界はありませんでした。気温は多分7度くらいでしょう。このあたりから登山道左側に石積みが見受けられてきます。これは高山植物を保護する為に登山道としてこの石より先に行かないように配慮されたものです。敢えて名前は言いませんが可愛い高原植物が可憐な花を咲かせていました。この後もう少し上がっていった所では心無い人達がこの貴重な高山植物を根こそぎ盗掘した跡があり、なんだかやるせない気持ちになってしまいました。

気を取り直して尚も高度を上げていくと周囲の景色は次第に亜高山帯(標高1500~2500m)になってきていつの間にやら白樺が少なくなってダケカンバに変わって来ていました。樹齢100年はあるだろうと思われるダケカンバの木はその樹肌がピンク色に輝いており美しくその威厳に満ちた姿を見せていました。又、シラビソの樹も段々2000mが近くなるとオオシラビソに変化して行きます。標高2000mのちょっと下あたりに天然唐松の巨木がありこれも周囲を圧倒する姿です。途中で皆でコメツガの葉やシラビソの葉、トウヒの葉の見分け方等を学びながら登って行くと標高2000mの標識に行き着きました。

私は登山はいつも少人数か単独行で登るのでこんなに多くの人達と登るのは初めてでしたがこれはこれで別の楽しみがあるものです。何より私は余り周りの植物とか気にしないでひたすら登る方ですのでこんなに樹によって違いがあるなんて全く知りませんでした。なにより久しぶりの登山で足は大丈夫かなと内心ひやひやしていたのです。何せ里山に暮らすようになって移動手段はほとんど車で移動するので全く歩かなくなっていたのです。何とか無事に降りてきたときにはちょっとホットしました。

久しぶりの山登りは楽しい時間を与えてくれました。今は中々時間が取れないけど又、時間を見つけて山登りに行こうと思います。

2006/05/20

記念日

先日、結婚記念日を迎えた。女房にその前日「明日は何の日だか分ってる」と言われて実はすっかり忙しさに忘れていたのですが「分ってるよ」と慌てて答えておいた。女房とは人生のパートナーとしてもう人生の半分以上を一緒に過ごしている。知り合ったのが10代の頃だからそれを加えるともう3分の2近い時を共に過ごしている。まあ、しょっちゅうケンカばかりしているもののナンダカンダといいながらとにかく長い時間を過ごしている。いつの間にか家族も増えて子供3人、猫3匹、と共に暮している。猫の方は連れ合いは居なくて母親と子供2匹の家族である。

近年は熟年離婚なんてものが流行っていて自分もうかうかはしていられない。家で一番いらないものにならないようにしないと危ないかも知れない。もうそろそろ子供達が自分の家庭を持ちかねない歳になってきたのでその内に我が家族も核分裂を起こして分かれていくのだろうと思っている。そしたら尚更、女房と2人残されてしまうのかなと思っている。

自分達の親がそろそろパートナーを失っていく年齢になってきて実際に現実のものとなっている。こうやって家族というものは変化していくものなんですね。最近は婚姻にこだわらないパートナーシップがごく普通になってきて実際にそういう方達が増えてきている。それも新しい家族の形かも知れませんね。しかし、婚姻関係があろうがなかろうがやはり共に人生を送ってくれるパートナーを求めている事には変わりありませんよね。

人生の半分以上を共に過ごした記念日は女房がロールケーキを買ってきて子供達と夕ご飯のあと美味しいコーヒーを煎れてデザートにして食べました。本当に些細な楽しみでしたが私はそれなりに満足しています。昨年は丁度区切りの記念日だったので珍しく女房と二人で近くのレストランでデナーを食べに行きました。いつまで続くか分らない些細な我が家の記念日の一つですがちゃんと覚えておかなきゃね。

2006/05/14

映画の話

 私は昔から映画が大好きです。小さい頃はよく1人で「ガメラ対ギャオス」なんていうのを見に行って心ときめかしていました。そしたら先日、TVを見ていたらガメラの新作映画が出来ると言うのを聞いて驚かされました。あれから40年近い月日が経っているのにまだガメラが生きている!(いや、生きてるわけじゃないですけど・・・)なんかタイムスリップしてあの頃に戻ったような錯覚に捉われます。これがまさに映画の魅力かも知れません。

先日、知り合いから1枚のDVDを頂きました。昨年、公開された藤沢周平原作の「蝉しぐれ」のDVDです。「おおっ!出たんだ」と喜んで頂いてきたのですが勿論、本編は映画館で見たのですが映画館で上映されないメーキングのおまけDVDが付いているのですが、その中で子役達の特集をしているバージョンがあり、その中に自分が写っているのです。前にも少し話をしましたが蝉しぐれの主役の男性3人の子供時代を演じた子役さん達の合宿を清里で行い、そのお手伝いを少ししたのです。清里の渓流で魚釣りをしたりログビルダー体験で皮むきをして貰ったり、蕎麦打ち体験をしたりと映画のクランクインに先立つ子役達3人のチームワーク造りの一環だったんですけど、当社のアシストトラウトクラブのメンバーにも手伝ってもらって魚釣りをしたシーンや打ち上げのBBQを清里の山小屋で楽しんだシーンが収録されていました。

 映画作品を1本作り上げるという作業は一種独特の雰囲気があり、一度その魅力に取りつかれれると止められないという話を昔聞いた事がありましたがメーキングのDVDをみていると何だかその意味が少し分った様な気がします。清里に来た子役の3人はまだあどけない子供達でこの子達が本当にあの名作の映画化の主役を演じられるんだろうかと他人事ながら心配になった事を思い出しました。しかし、スクリーンの中の彼等は彼等なりにその大役を必死に演じていました。主役の子はやはり彼等の中でも目の輝きが違っていたのを清里でも感じていましたが、これからどんな俳優さんになっていくのかが楽しみです。

 私の中での映画作品で忘れられない名作となると色々あるのですが今まで見た中で心に深く刻まれているのは「サウンド・オブ・ミュージック」「ウエストサイドストーリー」ですかね。ちょうど多感な時期に見たこともあるでしょうが今見ても感動はあの時とちっとも変わりません。最近の映画では「船上のピアニスト」かな。最近は知人達に聞いても中々映画館に足を運ぶ人は少なくなってしまいましたが私は幾つになっても映画館には足を運びたいと思っています。

2006/05/07

祭りの後の・・・

GWも今日が最終日、賑やかだった森の中も都会から訪れていた人達の車がすっかりなくなり徐々に静けさが戻ってきています。今年のGWは序盤は余り人が来なくてそれ程でも無かったのですが3日以降の後半は凄い人出でした。近くのコンビニに買い物に行くと駐車場は満杯で入るに入れないし、やっと入れたと思ったら今度は出るのに一苦労、我先にと車の頭を突っ込んでくるのでもう皆、目が吊り上っている・・・あな、オソロシヤ・・久しく都会の喧騒から離れているので車の角先争いも忘れていてタイミングが分らない。何せ普段は車なんてそんなに走ってないんだから・・コンビニのレジのオネエサンの目も吊り上って兎に角一秒でも早くレジを打たなければお客さんからどんなクレームを付けられるか分らない状態、オソロシヤ、オソロシヤ

我が事務所近くの森の中を走っている道路沿いもなにやら凄い人混み・・「この人混みと車の列は何?」と車で走りながら眺めていると、ここはこのGWに開館したギャラリー「彩」どうやら館長さんで歌手の「藤あやこ」さんがお出ましになっているらしい、しかも今日は友人の「坂本冬美」さんも来ているそうな・・・な~るほどね。どうりで中年オジサン達が群がっている訳だ、しかも近くのホテルから送迎のバスまで止まっている。こりゃ混むわけだ。

友人のペンションにもお邪魔したらとても話出来るような状態ではない。満室のお客様のデイナーの準備で厨房とダイニングをひっきりなしに往復して食事を運んでいる、その合間にもお客さんから「ビール下さい!」「ワイン下さい!」「水下さい!」と声が掛かっているのでそちらの対応でもテンヤワンヤ。何せ普段、お客さんなんか1人も居ない時にしか行かないので「こりゃアカン、話どころではナイワ」状態、しかし考えてみたら一年中、閑古鳥が鳴いていたらペンションなんかやって行けないんだから当たり前といえば当たり前か・・

私といえばGWはログスクールの生徒さん達がやってくるのでもうかれこれ20年近くGWに休んだ事は無いんだけどそれ以外は久しぶりにやって来たお客様と話をしたり飛込みで家の相談に来られるお客さまの対応くらいで普段と余り変わる事はない、それでもやはり多くの方が訪れて来られるので何となく慌しいのが例年のGWの過ごし方になっています。

そしてGWが過ぎて静けさが訪れる森の中では唐松等の新芽が芽を吹き新緑の季節が訪れます。何となく、この頃、鹿や狐やテン等の野生動物も姿を見せ始め森の動物達の活動も活発になって来た様な気がします。これから、段々太陽の光がまぶしくなってきて木々の影が濃くなってきます。新しい生命が生まれてくるようでみずみずしい気持ちになってきます。さあ、これから段々、暖かくなってくるぞ。

2006/05/01

2006ログハウススクール

Sukuru_1 今年もログハウススクールが始まりました。私とログハウスとの関わりも20年程前に当時のログハウススクールを受講したのがきっかけでした。その頃はまだチェーンソーを使ったスクールではなく丸ノコとノミを使ったスクールで、使用する木も太鼓挽きした小口径の唐松でした。その後、丸太も大きくなりチェーンソーを使用するスクールが始まり再び2度目のスクールを受けに行きました。それから早くも20年の時間が過ぎてしまいました。20年の歳月の間に同じようにスクールを受講した生徒は老若男女100数十名になると思います。多分・・・数えて無いのでよく分りませんが1週間コースが年2回のペースで実施してきたので多分少なくても100人は越えていると思います。

 卒業生の中には今でも年賀状や暑中見舞いを下さる方や八ヶ岳を訪れる事があると寄って下さる方、中にはスクールを卒業してそのまま居ついてしまった方等色々な方がいます。昨年、受講された卒業生の中には実際に自分の山の木を伐りだしてログハウスを造っている方もいます。何も受講生は全員男と言う訳でもなく女性の参加者も居られましたね。たくましかったです。私は今でもこのスクールの校長先生という事になっていますが実際の実技はスタッフに任せて全体の構成と夜の講義が私の分担する仕事になっています。何せもうチェーンソーは触らせて貰えませんから・・・自分の家の薪割り位にしか使ってないですからすっかり錆付いていますので・・

 最近はもう余り多くの参加者が集まることは少なくなりましたが昔は一度に10人近い受講生が集まりスタッフも3人専従で付けないとこなせない程、盛況だった事もありました。様々な年齢や職業、目的の人達が集まるので毎回、色んなカラーが受講生の間に芽生えます。生徒さんの中に率先的に引っ張る人がいるとどうしてもその人が中心的な存在になりますし、仲間達数人で参加する方がいるとその方達はまとまって行動するようになります。ある程度年齢がいかれた人生の先輩達が多く集まるとこれが又、大変・・作業中に注意しても何せ人生の先輩ですので注意を聞いてくれる事も無く「我が道を行く」という感じであきらめざる得ないという事もママありますね。

 しかし、とにかく皆さん貴重な自分の時間と費用を費やして参加して来ているので自分もそうだったのですが楽しくせめてスクールに参加している間だけは自分がログビルダーになったつもりで普段の自分の置かれている生活環境を忘れて作業に没頭して欲しいと願っています。だから、皆さんスクールの最終日は八ヶ岳の里山の作業小屋から再び都会の厳しい環境に戻られるのに何となく寂しさを感じられる方が多いようです。今年のスクール生は4名です。内、1名の方は去年につづき2年連続の参加です。1週間、体調に気を付けて精一杯ログビルダーの気分を味わっていって下さい。Sukuru2

2006/04/24

森つくりの達人講座

Moritukuri 地元で一緒に活動している「NPO法人八ヶ岳南麓景観を考える会」のイベントとして私が担当している「森つくりの達人講座」が開かれました。この講座は2年間を通して森つくりに関わって頂いて、森つくりとはどういうことなのかを身をもって体験して貰おうというカリキュラムになっています。もともとの言いだしっぺなのでかれこれ4年程関わっているのですが色んな方が参加してくれて多くのものを得ています。

私自身は偉そうな事言ってますが木の事は何にも知らないのに耳で聞きかじった耳知識で知ったかぶりしているだけなのですがそこはそれ、私は何も出来なくても毎回、その道の達人の方に講師として参加して頂いて私はそのコーデネイト(こう言うと何だか格好いいけど要はお手伝い・・・)をさせて頂いてます。

 今回の講座は限定20名の予定で参加者を募ったのですが会員を含めて31名の方が参加してくれて盛況のうちに無事修了しました。1日目は「里山の自然と農業」について講師の方に講演して頂いた後、近くの森に入って自然の様子を観察して貰ったり、築130年の地元の古民家で古民家の歴史を聞きながら食事をして貰いました。2日目は実際に森つくりを今後進めていく森に入って作業用の小道を作って貰いました。予定では2時間程かかる作業だったのですが30人もいると作業も早く終わってしまい余った時間で自己紹介をして頂きました。

 自己紹介では何故この講座に参加したのかその動機や八ヶ岳への思いのたけを話して頂いて、それぞれの方の森への思い入れが伝わってきて本当にこの講座をやって良かったと感じました。4年間やってきて様々な意見も出ましたが私はまず兎に角1人でも多くの方が森に実際に入って貰って何らかの作業に参加する事に意義があると思っています。そこから第一歩が始まると思っているのです。色んな方が参加されるのでそれぞれの思いは皆さん様々ですが一緒に森の中で汗を流してみて感じる事が必ずあると信じています。

 毎回、終わるとぐったりでもう辞めようと思うのですが時間がたつと又、やりたくなるのが不思議なんですねエこれが・・・そうはいっても2年間やると宣言したのでとりあえず2年間は休まずスタッフとして役割を果たして行く予定ですので、皆さんこれからも宜しくお願いします。

2006/04/17

日本国憲法

日本国憲法なんていうと、何を言い出すんだろうと思われるかも知れませんが、知り合いが憲法9条を守ろうという運動をしていてちょっとお手伝いをしているもので、お手伝いする以上、もう一度日本国憲法を全文、読み返してみようと思い、先日本屋に行って解説書を購入して出張で移動中のバスの中で読んでみた。

バスの中で読めるくらいだから、全文読んでも大した事はない。確かに古い文体なのでちょっと読み辛いが読めない事はない。意味を理解するかどうかは別ですが・・・日本国憲法は今年で60年を迎える事になりますが一文として変更なく現在まで成立している憲法としては世界でも珍しい憲法らしい。確かに、通常の法令とかではその実情の変化に合わせて年中変更がされているので世界的には珍しいのかもしれない。もっとも、大事な基本的人権を決めた憲法なので余りしょっちゅう変えるものでもないのかも知れませんね。

で、その中の憲法9条には戦争放棄とかについて書かれている訳ですがここでその内容の解釈について述べようという訳ではないし、ボンクラ頭ではとても理解出来ないのでそれは置いておいて何故、憲法が必要なのかという事である。世界中の国でこの憲法に類似したものが同じように制定されているがイギリスのようにそもそも憲法そのものが無い国だってある。無い代わりにそれに代わる判例とか条文が整備されているらしい。つまり憲法が必ず必要なわけではないがそれに代わる取り決めが必要だという事なんでしょうね。その国で暮らす人達がどのような権利や義務の元に暮らしているかという基本的な取り決めをしておかないと問題が起きた時に解決が難しくなると言う事ですね。何を基本に正しいとか正しくないとか判断するのに必要という事でしょうかね?

日本にはもともと「大日本帝国憲法」というものが有った訳ですが第二次世界大戦で敗戦国となった日本を民主化するために新たな憲法を必要としたというのが歴史上のいきさつなのですが、当然、時代によっても変わりゆくものだし逆に変わってはいけない部分も当然あって良いと思います。

日本では最近、悲惨な事件事故が多くて何となく日本国民としてまた、地球に共に住んでいる人としてもう一度、自然を守るとは、平和を願うとはどういう事なのかを考え直す拠り所として憲法を見直す事は良い事ではないかと思います。ただし、その見直しが改悪にならにようにくれぐれも広く世界的にも恥じる事の無いような憲法をつくりたいものですね。

アシストのHPへ
八ヶ岳でのログハウス生活 ---木の家設計施工 森のすまい工房(有限会社アシスト

プロフィール

フォトアルバム

kikori

フォトアルバム