2006/09/10

集団健康診断

 東京で会社員をしていた頃は定期的に事務所が入っているビルの前に検診車が来て全員で健康診断を受けていた。八ヶ岳に来てからはそんな気の利いた事は望むまでもなく年に1回、近くの小学校か市営運動公園の体育館に検診車がきて地域単位で健康診断を受けるようになっている。

 私はこの健康診断が苦手である。というか大好きで待ちどおしいなんて人は居ないだろうけど何が苦手かというと病院そのものが苦手だからしょうがない。いつもギリギリまで我慢して周囲(特に女房)に「いい加減にしなさいよ!」と叱られて渋々、病院にいく始末である。集団健康診断は何が嫌かというと先ず胃の検診前にバリウムを飲んでグルグル廻る診察台に乗って廻されるのが嫌なのである。どうも人間扱いされてないような気がしてしょうがない。もう少し何とかならないのかなあ・・・といつも思ってしまう。マア、きっと後、数年すればもっと楽な診察方法が出来て「もう、バリウムなんて古い古い」何てことになるのだろうなと思っているが中々そういう風にならない。あと何年かかるのだろうと密かに待っている。どう考えてもお腹の中にあんな消化の悪い薬をいれてグルグル廻されて頭から足の爪先(オーバーか・・・)まで充分薬を浸透させて撮影するなんて体に良いわけがない。しかもあの下剤・・・診察が終わると必ず飲むようにとシツコク宣告されて飲むまで見張られている。あれが又、大変。元来お腹が余り強い方では無いのでその日一日が大変な事になってしまう。出来れば飲まずに済ませたいのだが見張られているので飲んだフリするのも難しいのだ。で、その日一日はトイレの傍を離れられなくなってしまうという訳です。

 それでも今まではその日一日だけ我慢すれば良かったので何とかその日が通り過ぎるのをひたすら大人しく言われたとおりに過ごしてきたのだが、年を重ねるにつれて段々体のアチコチにガタがきてこの集団検診でひっかかるケースが出てきた。過去に一度だけ肺に影が映っているといわれて精密検査を受けるように宣告され、いよいよ俺もダメかと諦めて遺書でも書くべきかと覚悟を決めて精密検査をうけたら「な~んも写ってませんよ。なにかの間違いじゃないですか」とあっさり言われ、「ナヌッ!」それでは検診のカメラの不具合かと勝手に怒り心頭で自分の意気地の無さに改めて気付くという失態を演じてしまった覚えがある。

 それが今回は胃に影が写っているので今度は胃カメラを飲めと宣告された。自慢じゃないが今まで一度も胃カメラのお世話になった事はない。「嫌です!」とその診断結果を伝えてくれた若い保健婦さんに宣言したら「ガンだったらどうするんですか!」と叱られ、いい年して情けないと自分でも自己嫌悪に陥り「ハイッ」とあっさり敗北宣言をし、先日、まな板のコイになったつもりで覚悟を決めて胃カメラを飲んできたと言う訳です。実は以前、TVの番組で世界の胃カメラの歴史をひもとく特集を見てしまい初期の胃カメラというものは中空になった鉄のパイプを立ったまま口の中に突き刺していたという当時の絵を見てしまい当然、パイプは真っ直ぐな訳で「オエッ、それはどうみても無理だろう!」という絵だったのです。それから意気地のない心の奥底で絶対、胃カメラは飲むまいと固く誓ってしまっていたので周囲の人に「今はとっても楽で全然平気」と言われても「俺は絶対だまされないぞ・・・」と思い続けていたのです。

 で、結果、何とかそのピカピカ光る最新鋭の胃カメラを無事、お腹の中に飲み込んで先生から「あ~有りますね。潰瘍になっていたのが直りかけてますね~。まあ、問題無いでしょう」と言われ無事、無罪釈放となったと言う訳です。んで、今は先生から言い渡された胃薬(きっと気休めだと思うんだけど・・)を飲んで何となく調子が良くなった気がしています。今は毎日、大量の水を飲まされています。

 皆さんも健康には注意しましょうね。いくらお金持ちになっても健康を害したら元も子もありませんからね。だから何時までたっても貧乏なんでしょうかね。

2006/09/03

秋晴れの里山

20060903_184904656 ここ数日、じつに気分の良い秋晴れの日が続いています。こういう気持ちのよい天気が続くと本当に八ヶ岳の麓に住んでいて良かったな~と得したような気分になります。この写真は知り合いの農場に併設されているビオトープです。南アルプスの山並みが水面にうつって美しい景色を作り出しています。この日はトンボが飛び回っていました。天気予報をみているとどうやら南の海上には太平洋を横断して「ハリケーン」から「台風」に名前の変わった大型台風が日本を狙っているそうですが今日は全くそういう気配は感じられません。

八ヶ岳に住んでいると一年のうちに何日かは本当に涙が出そうになる美しい風景に出会う瞬間があります。それはあるときは南アルプスに夕日が沈む瞬間に見せる美しい夕焼けの光だったり、冬の冷え込んだ夜、星あかりに浮かび上がる八ヶ岳だったりします。そういう瞬間は住んでいないとなかなかチャンスに巡り合えません。こういうお金では買えない時間がここには存在します。

この話を信じられない方は是非、一度一年間八ヶ岳に暮らしてみてください。きっとあなたにも分る時が来ますよ。

2006/08/27

猫騒動のその後

先日お話した心筋梗塞をおこして倒れた我が愚猫はその後、無事退院というか病院で全く餌を食べないので、このままでは餓死すると心配した先生が退院を決断し無事、我が家に戻ってきました。

っで、どうなったかというと少し痩せて帰って来た我が愚猫は病院で痩せた分を取り返すかのように食っては寝、寝ては食いの繰り返しですっかり落ち着きを取り戻したのですが毎日の薬投与が大の苦手・・・家族皆で我が愚猫に引掻かれて血だらけになりながらの薬との戦いが続いています。女房ともども血だらけになるたびに「この恩知らず!」といい続けておりますが本人はちっとも反省しておりません。

 そうした闘病生活を送っていたある日、再び心臓発作を起こして救急でかの病院へ逆戻り・・・今度こそダメかと諦めかけていたのですが再び、復活!ある日病院から「退院しても良いですよ」と連絡があり仕事で行けない私のかわりに家族が引き取りに行き。その日の夜、仕事が終わって家に帰ると何やらプラスチックの箱に入った白い物体とその脇には良く病院の集中治療室でみかける黒い酸素ボンベが置いてあるではアリマセンカ!

「ナナナ・・ナニコレ?」と聞くと、何と退院した我が愚猫の為の酸素室との事!中を覗くとプラスチックの箱の中の物体は我が愚猫が丸くなって寝ている姿・・・一日2回ほどこのプラスチックの箱で作った酸素室の中で酸素を吸わせて回復させるようにとの事、ついにココマデキタカと力なく居間に座り込み気持ちよさそうに酸素室の中で寝ている我が愚猫を見ていると、果たして俺が倒れてもここまで家族は心配してくれるのだろうか?とフト変な思いに襲われ・・・自分でもバカナッ!とその思いを振りほどき、居間に置かれた黒い酸素ボンベの栓を猫の為に開閉する毎日が続いております。

 あいも変わらず薬投与で毎回引っかかれ「恩知らず!」とののしられながらも発作を起こすたびに息子が徹夜で看病して酸素室に緊急隔離・・・翌日フラフラになりながら息子は会社に出社・・・やれやれ猫騒動はまだまだ続く・・・恐るべし猫の生命力!

2006/08/21

新月伐採木研修会 IN 水窪

Sinngetu 先日、静岡県浜松市水窪(みさくぼ)町で新月伐採木のセミナーが開かれ私もスタッフとして参加してきました。水窪町は昔から木材の町として豊富な森林資源に囲まれた緑豊かな町でしたが近年の国産材の需要低下に伴い当地でも製材業は苦しい状況に追い込まれていました。

 この地で新たに新月伐採木を利用した国産材の拠点つくりが始まりました。私の加盟している「NPO新月の木国際協会」でもこの活動を何とか支援しようじゃないかという事で今回は2泊3日のイベントを開催する事になりました。私は仕事の都合で初日しか参加できませんでしたが講演会やセミナーには全国から60名を越す方が集まり盛会になりました。私は現認者(新月伐採木の伐採に第3者として立会い確認し木のデータを取る人)の担当としてセミナーで少しそういう話をさせて頂きました。

 いつも思うのですが国産材をとりまく環境に厳しいものがあるのは全国的に同じ状況なのに皆さんいつも明るく熱心で意見を交換し、時には熱く議論が展開される事もあります。それでも皆、木に関する仕事に喜びを感じている人達ばかりなのでどうも気持ちは同じ方向を向いているという連帯感があり気持ちの良い人達ばかりです。今回もセミナーの後の交流会では全国から集まってきた人達と色んな情報交換をさせて頂き、私なんか「へえ~そんな事までしてるんですか!」と驚く事ばかりでした。

 石川県から来られた方は現在、満月伐採木と新月伐採木の両方の木を試す為に2艘の和船を造っておられて毎晩、仕事の終わった後に交代で少しづつ造って今週末やっと満月伐採木で造った和船の就航式をするそうです。福岡県からこられた方はすごくこだわりをもって家作りをされている方でその裏話なんかを聞かせて頂いて私は感心ばかりしていました。世の中には色んな人がいるものです。私なんかはまだまだですね。

 今後も全国でこのような新月伐採木に関わるイベントが開かれていく予定で私も都合が付く限りお手伝いさせていただくつもりです。皆さんも興味がある方は是非、ご参加下さい。

 ところで初めて「新月伐採木」の事を聞かれた方の為に少しお話すると、新月伐採法とは日本でも古来から行われていた伐採方法で冬の新月の時期に伐採された木は虫が付きにくく割れにいと言われています。更に伐採した木を葉をつけたまま山で天然乾燥し葉が枯れてから出材します。そうすると先程いったような良質の木が得られます。近年オーストリアのエルヴィン・トーマさんがこの事を記した本をドイツで出版しベストセラーにまでなり日本でも日本語訳の本が出版されてからこの新月伐採木が見直されて来ました。私達はこの木の科学的な検証を行いながら新月伐採木のもつ神秘的な魅力を多くの方に知って貰う活動を続けています。

2006/08/13

お盆の一日

 久しぶりに朝の散歩をしました。今年の始めに長年、朝の散歩の相棒だった犬を亡くしてから何となく朝の散歩をするのが億劫になっていつの間にか止めてしまっていたのですが先日、保健婦さんから朝の散歩は是非続けて下さいと言われ、元来、人に言われるとすぐ気が変わる優柔不断な性格なので、そうかそうか、そうだったなと思い直してさっそく久しぶりに朝の散歩に出掛けました。

 丁度昨日は雷雨と共に雹がふって森の中はひどい事になっており枝葉が折れて皆、地面に落ちてしまいまるで緑の絨毯を敷き詰めたような雰囲気になってしまっていました。お盆なので近所のペンションにもお客さんが満杯だし近くの別荘も大勢の避暑客が訪れていて余り顔を合わせた事のない方達とすれ違い挨拶を交わしました。

 以前は連れていた犬の仲間達との縁で通りすがりに同じく犬を連れた人達と会話を交わしましたが此方が犬を連れていないので何となく急ぎ足になってしまいます。

 フト、久しぶりに朝の森の中を通るといつの間にか森の中を流れている小川に倒木がひっかかっていたり少し森が荒れてしまったなと言う気がします。昨日の雷雨で我が家のTVもお亡くなりになってしまい。分解してみたのですがどうにもなりませんでした。近頃の家電製品はICを多用しているので山に住んでいる者にとっては雷雨がくると直ぐ近くに落雷するのでダメージが結構大きいのです。

 森の中に住んでいると朝刊は家まで届けて貰えません。森の入り口近くに新聞用の共同ポストがありそこに新聞配達屋さんが朝まとめて配達してくれます。この新聞屋さんいつも朝早くて今朝も朝4時半頃にはもう配達されています。いったい何時に配達しているのでしょうね。田舎の新聞は朝早い!但し夕刊はありませんが・・・

 話は変わりますがこの時期はコンサートも多く開かれますが昨日は近くの日本航空学園の滑走路で「レミオロメン」の野外コンサートが開かれて3万人からのファンが集まったそうです。皆、近くの駅からシャトルバスに乗ったり前日から甲府入りして集まったようですね。新聞に写真が載っていましたが大変な人だかりでした。ユズのコンサートが先日近くの神社で開かれた時もタクシー待ちの列が100人も出来たそうです。何せ普段は静かな田舎なのでタクシーたってそんなに沢山ある訳じゃないのできっと運転手さん達は大変んだったでしょうね。

 そういえば先日、我が家に荷物を届けてくれた配送便の方は夜12時頃になって暗い森の中まで届けてくれました。知り合いの方が運転しているので良いのですが知らない人なら絶対道が分らないと思います。運転手さんが言うにはこのところず~とこんな調子で休み無しだと言ってました。疲れて事故でも起こさなければよいのですが・・・

 今年のお盆も多くの人で八ヶ岳は賑わっています。私のところにも色んな方達が懐かしく立ち寄ってくれます。夏真っ盛りです。

2006/08/06

夏、本番!「薪能」

 長かった今年の梅雨も漸く明けて八ヶ岳にも真夏の太陽が照りつけるようになりました。各地で異常な高気温が発生しているようですがここ八ヶ岳の森の中は有り難いことに日中こそ30度近くなりますが、夕暮れと共に爽やかな風が吹き今朝も窓を開け放して寝ていると寒くて布団をかぶらないと風邪をひいてしまいそうでした。大体、朝の気温が20度くらいでしょうか、湿度が低いのでちょうど気持ちの良い感じです。

 今年は梅雨の合い間に日本で一番高気温を記録した静岡県と高知県にいて早めに猛暑を経験したので八ヶ岳の森の夏が何だかとても涼しく感じます。今週あたりから多くの避暑客が八ヶ岳を訪れています。例年の事ですが街中や森の道の真ん中で地図を見ながら止まっている車や突然曲がりだす車が多くいるので我々としては要注意です。先日も歩道で友達と話していた子供が突然、道路に飛び出してきて危ないところでした。2,3日前は森の中で深夜まで花火を上げている別荘客もいてちょっと驚きました。

 この時期は色んなイベントも目白押しで中々面白そうな企画も沢山あります。私自身は先日、毎年八ヶ岳の神社で行われる「薪能」を見に行って来ました。人気のイベントでいつかチャンスがあったら行ってみたいと思っていたのですが今まで中々行けなかったのですが今年はやっと見る事ができました。「能」2曲と「狂言」1曲を鑑賞したのですが能も狂言も見るのは初めてなのでどこを見てよいのか分りませんでしたが薪能の始まりに際して神官による清めの儀式に始まり、上演される題目を解説者が解説し、いよいよ最初の「能」が上演されるのですが、途中「狂言」をはさんで最後の「能」が終わるまで約3時間程の「薪能」は初めて見る伝統芸能を強烈に印象付けるものでした。特に最後の「能」が始まる前にちょうど夕日が沈み、神官が篝火に火を灯すと辺りは本当に幽玄の世界が広がり能の上演中、ふと夜空を見上げると能舞台の上に上弦の月が掛かり何だか時代の感覚が数百年前に戻ったような錯覚にとらわれました。きっと当時の人達も同じものを見ていたのだなと思い感慨ひとしおでした。

 上演された能舞台は神社の池の中に建っているのですが解説者の話では日本最大の能舞台と言っておられましたが私はこの能舞台には少し因縁めいたものがあり今でもあれは夢ではなかったのか思う経験があります。 この話は長くなるので又、別の機会にしたいと思いますが、軽井沢近くの山の中でこの能舞台の原型となった能舞台を個人的に見せて貰った事があります。その能舞台は持ち主の方の壮大な庭の一角に建っている建物の中にひっそりと建築されておりそれを見たときの驚きは例えようもありませんでした。だから今でもあれは夢だったんじゃないかと思っているのですが確かに見たのです。持ち主のご老人は「この能舞台が八ヶ岳の神社に設けられた能舞台の手本になったもんじゃ」とはっきり教えてくれたのです。

 夏の日のひと時、時を越えた幽玄の世界に何だか我がDNAが少し騒ぎました。

2006/07/29

猫の心筋梗塞

 先日、我が家の同居ネコがいつものようにタラフクご飯を食べ終わってトイレに行った。そしていつもの様に立派なウンコをし終わった。ここまではごくごく普段の光景である。しかしその後、同居ネコの様子が急変した。突然、トイレの中でひっくり返りうなり声を上げたかと思うと突然、トイレから飛び出して七転八倒、苦しみ始めた。ナンダナンダ?と驚く間もなくテーブルの下に飛び込んで荒い息遣いを始めたと思ったら再び発作に襲われてひっくり返った。

 ハハア、これはきっと普段からの食い意地の悪さで何か悪いものを食ったなと思い早速、動物病院に連れて行こうとしたが何せ夜の9時頃の事である。こんな時間にやっている動物病院などこんな山の中にあるわけない。念の為にと片っ端から電話してみたがやはりどこも出ない。どうせ無駄だろうと思ったが子供にインターネットに接続させて緊急診療体制のある動物病院をパソコンで検索してみたそしたら何と甲府にあるではないか!しかも平日の診察は夜の11時まで更に急患の場合は24時間体制で診察可能!

 いやはや探して見るもんだと思い早速電話してみると「直ぐに連れて来て下さい」と親切な対応・・・早速、我が愚猫をタオルでくるんでダンボール箱に放り込み、女房に抱えさせて中央高速に乗って甲府ICに一目さん、やっと病院を見つけるとこれが又、立派な病院でエントランスは総ガラス貼り!まるでホテルのロビーを思わす受付カウンターで「あの~さっき電話した者なんですが・・」と告げると「お待ちしてました。早速ですが状況を教えて下さい」とテキパキとした対応。「え~トイレで倒れて苦しみ始めまして・・きっと変なもの食ったんだと思いますが・・」と説明すると「では優先的に緊急検査します」とさっさとダンボールを抱えて診察室と思しき中に消えて行ってしまった。

 何とスバヤイ対応なんだろう・・と女房と二人で感心していると「これに記入して下さい」と受付の方が診察券を作る為に調査表なるものを持って来た。女房がさっそく記入している間に手持ち無沙汰になったのでフト壁のポスターをみると「当院では最新型の3D方式のCTスキャンを完備しております」と書いてある。フ~ン近頃の動物病院はスバラシイな~等と感心してたのだがフト、心に何かが引っかかった。「CTスキャン?24時間診療体制?・・・」何だか嫌な予感・・・

 どうも気になって集中治療室とやらを女房と二人で何とか覗けないかとガラス張りの治療室の中をガラスに顔を二人くっつけて目を凝らして見た。そこで見たのは先週、私が町の集団検診車の中で先生にやって貰った超音波検診装置をお腹に当ててもらって気持ち良さそうにしている我が愚猫であった!しかし!その後、さらに恐るべき光景が!

 診察中に発作を起こした我が愚猫に驚いた先生と看護婦さん達2,3人がアタフタと病室内を走り廻り「何だ!何だ!どうしたんだ!」と訳がわからすガラスに顔をくっつけた私達の前では信じられない事に、人工呼吸器を顔に当てられてなにやら注射を打たれた我が愚猫がなにやらガラスケースの中に入れられていく光景が繰り広げられているではありませんか!その内にドクターと思しき女医さんが出てきて「ご家族の方ですね」と問われ「エッ アッ ハイ家族です。(ネコではありませんが)」「病状を説明しますのでこちらにどうぞ」と個室に通されて「この写真を見てください。これは心臓を撮影したものです。少し肥大しているのが分るでしょう」「先生、うちのネコは全身が肥大しているんですけど・・」「いえ、そういう事じゃなくてこれは猫によくある症状ですが心臓が肥大した事による心筋梗塞を起こしたものと思われます」「そうですか、やはり食べすぎですか・・エッ!心筋梗塞!ネコが心筋梗塞ですか?」「ハイ、ネコでも人間でも一緒ですトイレとか風呂に入っている時が一番発作を起こしやすいのです」「先生、うちのネコ、風呂に入った事ないんですけど・・」「例えばの話です!」「現在、発作を抑えるために高酸素室に入って貰い、発作を抑える注射をうって様子を見ています。2,3日安静にして入院して貰います」「エッはい分りました。高酸素室ネ・・・シンキンコウソクね・・」「それでは入院の申し込みをして貰いますので受付にどうぞ」

 何がなにやら訳が分らないまま、女房と二人で受付に戻り入院申込書を見た。「毎日、病状を報告しますか?毎日、掛かった費用を報告しますか?面会時間は午後1時から3時半までそれ以外の場合は主治医の説明は受けられません。万一の事があった場合でも病院を訴える事はしません。最終的な延命治療を希望しますか?」等々、全ての項目に記入し終わりフト、女房と顔をあわせて「あのさ、これって保険きかないよね」「当たり前だろネコだぞネコ!」「さっき酸素マスクしてたよね?高酸素室ってのに入ってたよね。超音波検査だよねさっきの写真・・・」「そうだよ、見ただろ!」「ウン、見た」「高いよネ・・・」「知るか!」「とりあえず、毎日費用は教えて貰う事にしたから・・」「住所とか連絡先とか書いたのか」「うん、書いた。書かない方が良いかな?」「そんな訳にいかないだろ!」

 すべての手続きを終えて我が愚猫にバイバイして病院をでたのはもう翌日の1時・・この先どうなるんでしょう・・・いやはや日本の動物病院の進歩はスバラシイ・・・

2006/07/23

新しいログハウスの誕生

M067 ここ一週間ほど自宅を留守にしてあちこち渡り歩いておりました。その為に森の囁きも遅くなってしまいました。全国を荒らしまわっている異常な梅雨の気象の中、何の因果か日本で一番高い気温を記録した静岡県と高知県に丁度滞在しておりました。写真は浜松市に移築したログハウスです。これも何の因果か異常気象による天竜川の氾濫と諏訪湖の水位上昇による水害の最中に何とか無事、移築を終える事が出来ました。

 しかし、この異常気象、よく考えてみれば地球温暖化による海水温度の上昇という一連の状況を考えれば当然といえば当然の気象変化といえるのではないでしょうか。海水温度の上昇は水蒸気の発生を増加させそれが雲となって上昇し陸地に移動して雨を降らし又海に戻ってくるというサイクルに変動が生じ初めていると言えるのでしょうね。

 しかし問題はこの異常気象をもたらしたのは人類が引き起こした人工的な気象変化であるという事です。産業革命以来の経済発展は地球にとって急激な自然変化をもたらすという皮肉な結果となってしまいその延長線上に発生したのが地球温暖化という現象ではないでしょうか。元々、地球は長いサイクルで温暖化と寒冷化を繰り返してきましたが人間という動物がそのサイクルに変化を与えてしまうほどの大きな自然変化をもたらしてしまっているのです。

 我々はこれ以上の急激な温暖化を防ぐ為に何が出来るのでしょうか?別に難しい話ではありません。身近で出来る「勿体無い」を実践すれば良いのです。不必要な電気を切る事もそうですし食糧もそうです。出来るだけ必要なものだけにして不要なゴミを出さない事です。以前にも話をしましたが昭和40年代の暮らしに戻る事ができたら現在の日本の消費エネルギーは半減出来ます。特別に難しい事では無いように思います。

 写真のログハウスは日本が戦前に行っていた新月伐採法によって伐採された天竜杉を使って建てられたログハウスです。樹齢70年以上の木を利用しています。そしてこの天竜杉で70年以上もつ家を作る事ができたら森はよみがえります。そしてその事は温室効果ガスである二酸化炭素を長くログハウスの部材としてその体内に留めておくことが出来るという事を意味します。ログハウスは決して特殊な建物ではありません。開拓民が生きる術として生み出した家なのです。人間が暮らすために生み出したシェルターであると言えるかも知れません。決して今、流行の規格型、工場生産型の住宅を批判するものではありません。ただ、我々の家の原点に近い何かを感じる事が出来るものなのです。

 だから私はログハウスが好きです。勿論、日本古来の民家も大好きです。自然により近いものに気持ち良さを感じるのです。それは感性というものだと思います。文明の発達は人から感性を奪い去る結果になってはいないでしょうか?勿論、情報も大事ですデータも大事です。でも私は最後は人の感性を信じたいのです。データをどのように生かすかは最後は人の感性ではないでしょうか?異常気象がもたらす変化を感性を持って人間は感じるべきではないでしょうか。今、立ち止まって元に戻る勇気も必要なのではないでしょうか?

 何て事を大汗かいて、土砂降りの雨に打たれておかしくなってなってしまった頭でふと思ったこの頃でした。

 あ~やっと1週間ぶりに自宅でゆっくり眠る事ができました。我が森はまだ大丈夫でした。ヤレヤレ・・・

2006/07/09

活字中毒の悩み

 私は活字中毒です。フッと時間が空いた時とか手元に本があれば何とか生き残れるのですが旅先等で不意にスケジュールが狂って時間が空いてしまって手元に何もないとどうしようとオロオロしてしまいます。その為にいつも古本屋さんにいって予備の本をいつも手元に置いておくようにしています。そうすると心に余裕が出来て精神的にも落ち着くのです。

 シカ~シッ!最近は何となく忙しくて本を読む時間が中々取れない。サラリーマン時代は通勤の行き帰りで文庫本1冊くらいは軽く読めたのですが八ヶ岳に来てからはもっぱら仕事の移動の時間か夜、寝る前しか読む時間がないのです。しかも、最近は健康的な生活をしている所為か布団にはいると「サアッ今日は読むぞっ!と思って読み始めて30分位するともう頭の中に活字が入って来ない状態となりそのうちにモウロウとしてきたらもうダメあえなく撃沈という状態が続いています。

 今、東京では新しい本の世界を紹介する大きなイベントが開かれているそうですね。先日ニュースで見ていたら将来の本の世界を予感させるような新しい形態の本が紹介されていました。又、今朝は小松左京さんが共著で「日本沈没(第二部)」を発表されたというニュースを見てこれは買わなくては!と思いましたね~。日本沈没は読み始めてから没頭して一気に読み通したような覚えがあるのですが文章の最後に「第一部完」と書いてあったとは全然気が付きませんでした。つまりあれは最初から続編が予定されていたという事ですね。気が付かなかった~。やってくれるじゃないか!小松さんという感じですね。

 本の世界の素晴らしさは読んだ人それぞれの感性で物語のイメージが読者それぞれの頭の中で自由に出来上がっていくという事じゃないでしょうかね。つまり同じ本を読んでも読んだ人によって解釈が違ったりその物語の映像がそれぞれの個人の頭の中でその人だけの映像が出来上がるということではないでしょうか。その事が個人の感性を育てる事に繋がっていくように思います。

 最近の子供達は本離れが進んでいるという話を聞きます。今、はやりのゲーム機は個人のイメージを作り出すのではなく直接、映像としてそのイメージを伝えてしまいます。つまりゲーム機で遊ぶ子供達が全て同じ映像を見ていると言う事です。ゲームがダメだとは言いませんが大人達がもっと自分の子供達に小さい時から絵本を読んで聞かせてあげれば子供達は自分で読む本のイメージを自由に自分の頭の中で作るという楽しさを知ることが出来るんじゃないでしょうかね。その事がもっと感性を作り上げる事に繋がるような気がします。もっともっと本を読んで自分の感性を磨いて欲しいですね。

 私は何とか短い時間で本を読む手段として速読に挑戦した事がありますが未だに身に付ける事ができません。最近、これはやはり頭が悪いという事かな?とあきらめつつ開き直ってモウロウとする頭の中で同じ箇所を何度も読んでしまう怠惰な読者に落ちぶれております。

2006/07/01

自然のポテンシャル

P1010123 1週、森の囁きをお休みさせて頂いて北海道を仲間達と研修を兼ねて廻ってきました。目的は北海道における新月の木の活動状況を見るのと活動の普及を兼ねたものでした。訪ねたのは帯広から北海道に入って、新得、富良野、釧路と廻って帰ってきました。この旅では訪ねた所で様々な人に会って自然のもつ力(ポテンシャル)の偉大さを改めて認識させられる旅となりました。

富良野では東京大学演習林に入り80年前に開拓民達が直面したであろう時代そのままの原生林の姿を目の当たりにして倒木の上でしか更新できない幼木のけなげな姿に感動しこれが自然界の掟である事を知らされました。

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その後、新得の新得協働学舎にお邪魔して昨年、今年と2年続けて日本人として初めて世界一になった「さくら」というチーズの製造過程を見せて貰いました。代表の宮嶋氏は大変、自然のポテンシャルを科学的に解明される方でそのチーズ造りには自然のポテンシャルを随所に生かした製造工程を施しています。先ず、驚いたのが牛舎が全く臭くない事、虫も全然飛んでいなくてなにより牛を繋いでいないのです。牛達は厩舎に勝手に寄り添って過ごしておりその顔はどの牛も驚くほど穏やかで私がいつも見ている厩舎で繋がれて餌を食べている悲しげな牛の表情とは全く違うものでした。この厩舎の下には大量の炭がひかれており特殊な土壌処理がされている為に匂いも虫も寄ってこないのです。その方法は極めて自然の力を利用したものです。この牛から取れる牛乳がこの世界一となったチーズの秘密に繋がっているのです。

そして、最後にこの文章の最初に掲示した写真は釧路の斎藤牧場という牛が拓いた牧場で有名な所です。牧場主の斎藤さんは寒冷地の厳しい荒野での牧場経営に行き詰まりある日牧場に立っている1本の木に登りどうすれば良いのかボンヤリ牛を眺めながら考えていました。牧草を食んでいる牛を見ているうちにフト気が付きました。そうだ、牛にまかそう!自然のままに放り出してみよう!こうして石だらけ、木だらけの牧場の構想が固まりあとは牛頼み・・・その結果どうなったか?牛達は自分達の意思にそって朝、勝手に起きだして山の麓から徐々に牧草を食べながら頂上を目指します。そして夕方誰に追われるでもなく自分達で群れをなして勝手に厩舎に戻ってきます。群れの中には雄牛がいるので周辺の牧場が軒並みクマに襲われる中、斎藤牧場では1頭も襲われる事は有りませんでした。見事に雄牛が群れを統率しているのです。こうして山肌をそのまま生かした牧草地は牛達が勝手に食べて勝手に排泄した糞で見事に自然のサイクルが出来上がり美しい牧草地になって行きました。実際に会った斎藤さんは本当に時代の重みを顔ににじませたいい顔をしたオジイサン(失礼!)でした。「オリャ何もしてない、牛達が勝手にこの牧場を作ってくれたんだ」と言われ今でも4輪駆動の車を運転して我々を牧場の中まで案内してくれました。牧場の中にまともな道なんてありません。まさに山の中を勝手に上がっていくといった感じでした。それがまた気持ちよく、途中の川で冷やしたビールとジュースを振舞って頂き牧草地をボヤ~と見ていたらこの写真の牛達が牧草を食べながら上がって来てすっかり囲まれてしまったと言う訳です。牛達は我々を気にするでもなく「邪魔な奴だな~」ってな顔をして通り過ぎて行きました。ただ、雄牛だけは気を付けるように注意されました。群れの雌牛を守るためにいつもぴったり寄り添っており下手に前に立つと角で突き上げられるからです。ここでも自然の力に逆らうことなく逞しく素直に生きている牛と人間が暮らしていました。

今度の旅で思い知らされて事は、自然の力を正しく理解してその力に逆らう事無く暮らすことこそ人間らしい生き方であるのだな~という事です。これが一番単純で簡単そうでこれが現代では一番難しい事かも知れませんね。

アシストのHPへ
八ヶ岳でのログハウス生活 ---木の家設計施工 森のすまい工房(有限会社アシスト

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