2007/04/15

竹炭つくり

Take1 Take2 Take3

会員になっているNPO「八ヶ岳南麓景観を考える会」で私が担当する森つくり講座が開かれて「竹炭」を造りました。私自身も始めての経験だったのでどの様に造るのか興味津々だったのですが講師を務めて頂いた高橋さんの指導のもと20名程の参加者が集まって北杜市須玉町の津金で高橋さんが廃材を集めて造った自家製釜を利用して竹炭つくり講座を開いたという訳です。

竹炭に使う竹はあらかじめ乾かしておかなくてはならないので一月程前に近くの竹林から事前に伐りだしておいたのですがそれを釜の大きさに併せて切り揃え釜の中に入れます。それが左側の写真です。ちなみに釜は土木作業に使う土管の古くなったのを貰ってきたものです。

そしてその土管に隙間なく竹を詰め込んで、あっそうそう、竹の一番下には着火を良くする為に少し乾いた古い竹を入れておくと良いみたいです。それが真ん中の写真。そしてその後釜を密閉する為に蓋をし、更にその廻りを粘土状にした赤土で塞ぎ更に土を被せて完全に密閉します。ちょっとでもどっかから空気がもれると竹が燃え尽きてしまい失敗するのでご用心ご用心・・・

 そしていよいよ、着火。焚き込み口に乾いた木片と新聞を詰め込んでマッチで火をつけます。当日は風が強く空気が煙突から逆流して中々釜の中に煙が入りません。高橋さんが家からウチワ代わりのでかい袋を持ってきて焚き込み口を一生懸命扇ぐ事10分、突然、煙突から白い煙が上がり始めました。やっと釜の中の竹に火が廻った証拠です。一同、感激の雄叫びを「オ~~」と上げたのは良かったのですが折からの強風がさかんに風向きを変えるのでその度に逃げ回らなくてはならず「何で俺を追い回すんだよ!」と煙に八つ当たりする始末。しかも竹に火が廻ったもんでその白い煙はますますその濃度を増し、目に染みるなんてモンじゃない。みんな顔が真っ赤になってすっかり燻されてしまいました。「マア、体の悪い菌を殺菌したと思えばイイカ・・・」と半ばアキラメの状態。

そして着火から待つ事約1時間半、すっかり竹炭の煙に全員が燻された頃、高橋先生の「そろそろ塞ぎますか」の声、これで焚き込み口も最小限に塞いで約2日間待っていると煙突からの煙が白から青に変わり竹炭が完成した証拠の狼煙が上がると言う訳。我々参加者はこれで引き上げですが高橋先生は2日間、この釜の煙を四六時中監視していなくてはならないのです。うっかり白煙の色が青に変わったのを見過ごすと憐れ、釜を開けると残ったのは炭ならぬ灰と言う事もたまにはあるそうな。

私達がこの釜を開けるのは一週間後、果たして竹炭は出来ているのでしょうか?それは来週のお楽しみ・・・ちなみに高橋先生の家では灯油は一切使わずもっぱら冬の暖はこの竹炭を炬燵の中にいれて過ごしているそうな。う~ん、竹炭もなかなか奥が深い。ご飯にいれたり水の中にいれるとミネラル一杯の美味しい水になるらしい。ちなみに我が家でもお水をいれたポットの中で竹炭がガランガラン言っている。

竹炭つくり意外と簡単に出来ますよ。皆さん興味のある方は試してみたら・・・但し煙に燻されるのは覚悟して下さい。

2007/04/08

本当の「新月の木」とは?

20070408_160941875 私が所属しているNPO「新月の木国際協会」から電話があり「突然だけど今日、打ち合わせに箱根に来れる?」との事、幸いなんとかやりくりすれば行けない事もなかったので一昨日、アタフタと箱根に駆けつけました。もともとは昨日が講演会だったのでそのつもりでスケジュールを組んでいたんだけど突然の召集で駆けつけたワケです。

 今回の講演会は日本における森林学の大御所「本多静六」氏についての話をその親戚でもある遠山 益氏や孫にあたる本多健一氏に語って頂くのが基調講演になっていたのです。遠山先生の話はシロウトの私達にも分りやすくユーモア溢れる素晴らしい内容でした。

 しかし、私が呼ばれたのはそういう話ではなく現在、私達が進めている新月伐採法の普及活動に支障が出始めたのです。日本の山を活性化し国産材の普及と安全で良質な木材を提供する為に日本で古来より行われていた新月伐採法を現代に併せて復活させようという運動が広がりをみせたのは非常に嬉しい事なのですが、最近これを真似た活動が並行して広がりをみせ紛らわしくなってきたのです。

 具体的には「新月の木」という言葉が一人歩きを始めて本来、樹木が持つ自然のポテンシャルを引き出そうというのが目的なのに単にエコロジカルな営業戦略のキーワードとして使われ始め実態が全然伴わないという事なのです。

 「新月の木」は単に「新月の日」に伐れば良いという単純なものでは有りません。自然のポテンシャルを考慮しどのタイミングが一番、伐採に適しているのかを研究し、それが何故良いのかをテストピースを取って研究機関と協働研究を行い繰り返し検証を進めていく必要があります。又、「新月の木」は名前の響きが良いのでとかく「伐り旬」ばかりが取りざたされますが実はもっと大事なのは山で葉を付けたまま一定期間、天然乾燥(「葉枯らし」もしくは「熟成」と呼んでいます)し、更に最も大事なのはその過程が確実に行われたかを第三者(「現認者」と呼びます)が立会いその記録をつける事なのです。

 つまり食品と同じようにその木の履歴保証を確実に行うことによりその木に「品格」を与えようとするものなのです。いくら立派な事を口で言ってもそれを証明する記録がなければ意味がないのです。これは最近の企業活動では重要な要素となり履歴保証=トレーサビリテイーと呼んでいます。これが無い、もしくは捏造されたが為に近年、企業の不詳事が絶えないのです。履歴保証は良い事ばかりではありません企業が隠したい悪い事も含まれます。当然、木についても同じ事が言えます。正直にこの不詳事、もしくは意に反する事実を公表するのはとても辛いことです。だけど、現代の情報社会ではこれをしていかないと企業としては成り立たないのです。林業の世界ではこの点がかなり遅れていたと言えると思います。しかし、漸くこの業界でもこのトレーサビリテイーの重要性が認識されてきました。今までははっきり言ってこの木が一体どこで採れた木かも分らない、もしくは分らなくしていたのです。

 「新月の木」はこれらの履歴保証をはっきりさせてこの木が一体どこにどのような状態で立っておりどのような姿をしており何時、誰が伐採しどこに運ばれて誰が製材して出荷したかまで記録をつけてその情報を公開しようとするものです。これは山側に大変な負担を強いる事になるのですが今、これをやらないと日本の林業は良くならないという使命に燃えた山側の人達が集まって喧々諤々議論を交わしています。(だからいつも深夜まで議論が絶えないのが悩みですが・・・)

 小さな活動が徐々に広がりをみせるにつれこれらの上辺だけを真似する人達が出てくるのは世の常ですが何とかその活動の妨げだけにはならないで欲しいと願います。

2007/04/01

電脳生活者の暮らし

 ここ2カ月位、自分の会社のHPをリニューアルしようと思い、息子に「お前、出来るか?」と聞いたら「多分、出来るよ」というので依頼する事にした。これまでのHPは知人のプロのデザイナーに頼んで創って貰ったものでデザイン的にとても綺麗で気に入っていたのですがもう一年になる事もあり作り直す事にしたのです。「どの位時間かかる?」と聞くと「う~ん、2カ月位・・・」という返事、私にはその辺の事情が全く分らないので「ふ~ん、そんなに掛かるのか」と曖昧な返事をしておいた。そういえば前回のHPも友達価格でやって頂いて「暇な時にお願い・・・」と頼んでおいたので一年近く掛かった。何故、そんなに掛かるのかな~?と思いつつ作業に突入。

 その日からHPに載せる原稿作成やら写真の選定、新たな写真撮影などの雑多な作業が始まった。HPそのもののプログラム作成は息子の仕事だがそこに載せる原稿や写真の選定、全体の構成は私の仕事である。

 考えてみたら息子との協働の仕事をするのは今回が初めてである。最初は何だか気恥ずかしいような感じでスタートしたのだがHPを造る作業そのものについては全く息子に頼るしかない。小さい時からゲームに始まりコンピューター関連の作業は大好きだった息子なので社会人になった今は一人前にPCを操っているようである。

 普段から徹夜の作業が多い息子なのだがこの仕事に入ってから更に不規則な生活が続いた。HPに関して全く知識のない私に色々とその仕組みを教えてくれるのだが殆ど理解できないまま「ウンウン」と分ったふりをしていた。

 しかし、それでも何となく分ったのは電脳生活者の仕事というのも意外と地味な細かな作業の積み重ねなのだなという事である。

 私の仕事は家を造ることである。それこそプラン作成から始まって家が完成するまで地道な作業の積み重ねである。モノづくりというのはそういうモノだと思って来た。その反面、こういうコンピューターを使ったグラフィック的な仕事は我々とは全く違う一種、モノ造りとは対極的な職種なのだなという理解しかなかった。しかし、今はどうやら電脳生活者の仕事も意外と職人的な一面も持っているのだなと思い始めた。

 出来上がったHPの出来栄えはこれから様々な意見が出て来るのだと思うが息子が言うには「これは世界認定を取った正式なHPだからね、価値があるんだぞ。だからこの認定マーク貼っとく?」と聞かれ、良くその意味が分らない私は「取りあえず今はいいや」と答えておいた。きっと電脳生活者にとってはHP作成の世界ルールを守った作品という意義を訴えたいのだろうなと思った。

 う~ん、電脳生活者の暮らしもなかなか厳しいのね。

2007/03/25

旅立ちの春

 八ヶ岳は今日、本格的な雨が降っています。朝、女房と「そろそろタイヤ履き代えようかね」と話をしました。例年なら春のこの時期に「里雪」と呼ばれる重い湿った雪が降る事があるのでいつも3月末まではスタットレスタイヤを履き代えないのですが異常な暖冬だった今年の冬、さすがにもう雪は降らないかも知れませんね。来週あたりタイヤ交換をしようかと思っています。

 昨日の地元の新聞に教職員の人事異動が発表になっていました。私の子供達は今年は関係無いのですが昔はお世話になった先生達が異動になったりして注意深く記事を読んでいました。私の卒業した高知の学校は中・高校一貫の私立中・高校だったので当時、教えて頂いた先生達がまだ現役で教鞭を振るっておられます。だからどうも不思議な感覚なのですが同級生で高知で暮らしている連中の子供たちが又、同じ先生に教わったり、同級生が同じ高校の先生になって同級生だった仲間の子供たちを教えているという不思議な学校なのです。

 当然、中・高一貫だったので中学の卒業という意識は無く高校の卒業式が唯一、卒業式といえば卒業式なのですが受験校だったので私も大学の受験で卒業式に出る事が出来ずに結局、私の記憶に高校の卒業式という思い出は有りません。

 しかし、無事、受験が終わりやっと我が世の春を迎えて高知に帰り仲間達と遊んだ記憶だけは今でもはっきり覚えています。田舎の事ですので高知の繁華街にはアーケードがありそこをブラブラ往復していると必ず仲間達とすれ違い「どっか行こうぜ」と言う事になり、その辺の店にたむろする事が日常でした。当時なんとなく淡い想いを寄せていた女の子達とも2人では恥ずかしいので大勢で集まって山や海に行って遊んでいました。当時、本当は歳が足りないのですが初めてタバコの味を覚え男共は皆、タバコを吸っていたような記憶があります。私も全ての大学入試が終わった後、受験の為に泊まっていた新宿の町を歩きながら格好つけて咥えタバコをふかして「これが青春だ!」何て自分では最高の気分を味わっていました。確か最初に吸ったタバコは「チェリー」だったな・・・

 大酒のみの故郷、高知の事ですから受験から帰った連中が担任の先生の家に集まり「大飲み会」を催す事になりました。今でも良く覚えていますが直径が60cmは有ろうかと思える大盃にビールやらウイスキーやら日本酒やら片っ端からぶち込んで大騒ぎで回し飲みして(今、こんな事すると大変な事になるのでしょうけどけどね・・)すっかり酔っ払って悪酔いして先生の家の洗面所を汚してしまったバツの悪い思いが30年以上経った今でも蘇ります。「先生、ご迷惑をお掛けしました」きっとあの後、先生の奥様は大変な思いをして片付けられた事だと思います。

 その後、楽しかった春休みも終えていよいよ、東京の大学に行く事になり最初の1年間は教育課程で千葉で過ごしたのですが学校の寮に高知から一緒に行った仲間と入り、同室で楽しくやっていたのですが困ったのは高知弁・・何せ二人ともベタベタの高知弁が日本標準語だと信じていたので何故、日本語?が通じないのか不思議でしょうがない。そのうちに生活に支障が生じ始めしばらく外出が嫌になったような覚えがあります。何せ高知の人間にとって標準語はいわゆる女言葉で決して土佐の男には許されない言葉だったのです(少なくとも私はそう思っていました)だから、夏休みに高知に帰郷してすっかり標準語で喋っている奴を許せない(笑)なんて本気で思っていました。

 まあ、しかし春はいろんな旅立ちの季節でありますね。すっかり情報が行き届いて昔のような地方色は余り出ないのかも知れませんが今年も東京で高知弁が少し聞ける季節かも知れません。

2007/03/19

新潟へ行って来ました。

Niigata2Niigata1   新潟県の知り合いから頼まれて新月伐採の立会いと記録を取りに行ってきました。中央高速道路から長野道、上越、北陸と車を走らせて、山梨から約320km4時間の運転で新潟に着きました。途中、日本海の手前の山中はチェーン規制がありまだ冬景色でしたがそれでも去年から比べると高速道路の両脇は土が見えてい随分雪は少ない印象でした。確か、昨年は3m近くあったと思ったのですが・・・

新潟に着いて夜1泊した後、更に山の奥へ2時間程車で入っていくと写真のような景色になり、聞くと10日程前に久しぶりにまとまって雪が降ったとの事で山へ入る道の途中で車を諦めて徒歩で山中へ・・・「すみません、この辺りは熊は出ませんか?」「あ~出るよ、この前も見かけたな~」「ハハハ・・・」てな事でちょっと顔を引きつらせながら誰もいない山中をラッセルしながら歩く事20分ほどで伐採地に到着。途中、道をそれて藪の中に入っていき「この方が早いから」と言う事で倒した100年生の杉の大木の上を長靴で渡り、ちょっとヒヤヒヤでしたが何とか無事、到着。

後から遅れてくる地元報道関係のOBだという80歳近くの元気なお爺さんを待っていましたが、中々到着しないので「先に伐ってましょう」という事になり伐採を始めました。昔はこの道は上越に抜ける街道筋だったそうで同じ道を昔の人も通ったかという想いにふけっているうちに最初の1本が倒れ、樹齢を数えると94歳、立派な杉の木でした。その後、何本かの木を伐っているうちにかの御大が後ろからお尻を押され、荷物を全部、案内してきた若者に持ってもらい手を引かれて到着「フ~死ぬかと思った!特攻隊の時よりもキツイ!」と仰る。聞くと地元メデアの報道局長をされていた有名な御大との事、とても気持ちは元気なお爺ちゃんでした。どんなに疲れても手にしたビデオカメラだけは絶対離さなかったらしく荷物運びを手伝った若者達も「大したもんだ」と関心半分アキラメ半分・・・

 無事、伐採を終えて里山に降りて来た時は一同「ヤレヤレ」でした。山の中の気温は0度、湿度60%、誰も来ない森の中で伐採するチェーンソーの音と巨木がユックリ倒れる大音響がこだまし、感動的な一日でした。地元のキコリさんが「大体同じ時期に植えたから樹齢は同じだろ」と言われたのですが。どうも倒した木の中で何本かは威厳が違っていたので再度、確認のために数えてみると110歳を超えていました。

 貴重な森の恵みを頂いてこの後、倒した森の中で葉を付けたまま天然乾燥させて今年の夏、この木を山から出すのに立ち会うために又、出かけて行ってこの木に再会予定です。新潟にもすばらしい森の恵みが静かに雪の降り積もった山中で眠っていました。                                                

2007/03/11

人の気持ち

 今日は八ヶ岳に早春の里山、独特の重い雪が降っています。結局、今年の冬は異常気象の暖冬のまま春になってしまいそうです。全く異常な冬・・というか冬らしくない冬でした。

 さて、話は全然違いますが最近、私は人の気持ちとは複雑神秘で摩訶不思議な世界だなと感じることがあります。よく、日本人は心の中が読みづらい人種だと言われます。分りやすく言うと「思ってる事」と「言ってる事」が違うという事ですね。何故?違うか・・・そこには大人の付き合いだとか、立場上の問題だとか、世間体だとか色々な事情があるんだと思います。じゃ、それは間違った事を言ってるのかというとそうでも無い・・だから人の気持ちは複雑神秘・・・私はそういう事を考えるのが好きなので思うのですが、きっとどっちが正解という事は無いんだと思います。大抵の人は・・ですが。

 他にも例えばAという人がいるとします。Aは私にとってはとても良くしてくれる心優しい人だと感じています。しかしBさんに言わすとAさんはトンでもない人で付き合ってはいけないと私に忠告してくれます。結構、こういうシチュエーションって世の中ではありませんか?困りますよね、私にとってはAさんもBさんも大切な友人なんて事・・・つまりAさんとBさんでは価値観の違いとか出会いが悪かったとか誤解があったとか兎に角、感情面での違和感が出来てしまったという事ですね。私はこういう場合は自分を信じて自分の気持ちに素直になろうと思っています。つまり私にとってはAさんもBさんも気持ちの良い人だという事ですね。

 逆に私も普通の人なので時々は他人に悪感情をもたらしている事も有ると思います。キコリはとんでも無い奴だ・・なんてね。そんな時どうするか・・特にどうもしないと思います。私は私以上でもなく以下でもないので自分のありのままを評価して貰うしかないのです。見たとおりのどこにでも居るごく当たり前の人間ですので・・別に開き直るとかいうのではなく反省すべきは反省し、誤解があれば誤解はとき、しかしそれ以上はどうしようもないと言う事ですね。

 私は自分の価値を人の評価によって決めるのは不幸な事だと思います。自分を信じ最善を尽くしていれば何も迷う事はないと思います。人の評価は自分の価値とは別物だと思っています。批判を受ければ直すべき所を直し、賞賛を受ければ素直に有り難く思えば良いのだと思います。

 しかし、私はそれ以上に大事なのは人が言葉で喋らない気持ちの裏を理解する事だと思います。言葉というのは難しくて表現の仕方ひとつで自分の思いが違う意味に相手に伝わったり、優しく伝わったりします。又、その時の表情だとか身振り手振りだとかでも他人は色んな感情で同じ言葉を違った意味で理解するものです。だから、他人によってその人の評価が変わってしまうのでしょうね。

 最近は、何となく人の気持ちを理解するのに「善」か「悪」かどちらしか無いような気風が増えているように思います。特に思うのはマスメデアは事実を事実として淡々と伝えるべきだと思うのですがどうも視聴率を意識するのか脚色したような表現が使われて聞く方はどうしても一方的に理解してしまうので危険だなと思います。

 人間はその人にしか分らない複雑な感情を抱いて生きている動物だと思います。時に怒り、時に笑い、時に泣く、だから人間って面白いと思うのです。都会に住んでいると中々、こんな想いになる事は無かったのですが森に住んでいると時々、こんな事を思ってボヤ~とするのは私だけか・・・

2007/03/01

電脳生活の功罪

 昨今では家にパソコン2、3台なんてのは当たり前になってきているのでしょうか。確かに今やパソコン無しでは仕事にならない。ましてや扱えないとなると仕事にならないですよね。先日はそういうネットワークで知り合った仲間達のオフ会があったのですがネット上では知っているつもりだったのが実は初めてお会いしたなんて方も居て驚きでした。

 確かにパソコンは便利だけどその分、自分の脳細胞が働かなくなっているような気がしてしょうがない。まず漢字!これが全く思い出さなくなった。たまに手書きで手紙を書こうなんて思って便箋に向かおうものなら直ぐに筆が止まってしまう。漢字が出てこない。仕方なくパソコンの電源をいれてカタカナ入力して漢字に変換・・・何てやってたら何のために手書きしてるんだか意味がないような気がしてくるから不思議ですね。昔、子供の頃「漢字は何遍でも書いて手で覚えるもんだ」なんて先生に言われたけど本当だったんですね。手が書かなくなると忘れるんですね。

 私なんかパソコンの仕組み自体全く分ってない。だから普通に動いてくれてれば問題ないのですがトラブった時は全く手が出ない。詳しいスタッフを呼んで兎に角、元に戻して貰い「はい、これでいいですからね」となるまで待つしかない。いやはやである。だから余り好きになれないのですね。

 しかし好むと好まざるとに関わらず兎に角、電脳生活に突入してしまっているので何とか付いて行くしかないのである。最近の悩みはメール・・・これが又不思議・・・どうして何だか、やたら訳の分らないメールが届いたり、送ったつもりで相手に着いてなかったり摩訶不思議な世界である。

 ある日詳しい友人に聞いてみた、「この怪しいメールは誰が出してるの?」「あのね、それを出してるのは人間じゃないの、ロボットが自動的に送ってるから怒ってもしょうがないよ。何せ相手は機械だからね」ナルホドそれじゃ怒ってもしょうがないね。そこでNTTさんに来て貰って「何とかして」と頼んだらなにやら操作してくれて迷惑メールはかなり来なくなった。NTTさんに「全部、来ないように出来ないの?」と聞くと「そういうシステムを作っても更にそれを突破するシステムを作られてイタチゴッコなんですよ」との返事。ナルホド、敵もなかなかやるもんだ。

 しかし最近フト思う時がある。これって仮想世界だよね。世界中のシステムが正常に機能しているから出来てる事でそれが壊れたらどうなってしまうんだろ?昔、電話が開発された時に人々はどうして自分の声が伝わるのか不思議で相手に呪われるなんて事を思った人も居たそうだけど、その気持ち分るような気がするな。人の原点は日々、生きていく為に食糧を調達して健康に暮らすことですよね。それが何だかとても単純で自然な事だと思うけど実はそれが一番難しくなってるのかも知れませんね。

 あっそう言えばこの「森の囁き」もどうして皆さんが見れるのか不思議なんですが、そのお陰でこうやっていつもクダラナイ私の「囁き」を見てくださる人が居るわけですからホント電脳生活って便利ですよね。

2007/02/25

田舎暮らしの必須アイテム~車~

 森の中で暮らしていると良く聞かれるのが「買い物はどうしてるんですか?」「車がないと大変でしょう?」「年取って車運転できなくなったらどうするの?」と車にまつわる事が多い。確かに現代の森の生活では車がないと大変かも知れない。私の憧れの暮らし、森を出たところに地下鉄の駅があって隣が六本木という構想は暫く無理のようなので・・そこで車は森の暮らしの必須アイテムとなる訳です。

 こちらで暮らし始める人によく「車は何を買ったら良いでしょうね?」と聞かれるのですが私はいつも「田舎のベンツ「軽トラ」しかも四駆!」と答える事にしている。本物のベンツは全く必要ないし邪魔なだけですからね。役立たないし・・その点「軽トラ」は便利ですよ~何でも載るし、どんな道でも入っていけるし雪道にはダントツで強いし、汚くしても洗う必要ないし、まさに「田舎のベンツ」だと思っています。地元の農家の方は必ず一台は持ってますね。持ってないと仕事になりませんしね。たまに、共同清掃作業なんかの日があるのですがそんな時は見事ですよ。道の脇にド~と軽トラが何十台と並び、何だか軽トラの見本市みたいになります。その光景をみているといつも「自分の軽トラがどれか分るのかな?」と思ってしまうのです。なんせ皆、鍵もかけないし勝手に乗っていけるし見た目は皆同じだしね・・

 以前、軽トラが欲しくて知り合いの農家のオジサンに「どっか余ってる軽トラないかね?」と聞いたら「そんなら、うちの持ってけ」と言われ「えっホント!」とすっかり舞い上がってオジサンの庭先に置いてある軽トラを一緒に見に行った。確かにまだまだ使えそうな軽トラである。「ホントにいらないの?」「あ~もう使ってねえからな、持ってきな」と軽くおっしゃる。「へ~まだまだ使えそうなのに・・・」とぐる~と見回してフト気付いた・・車検が切れてる。しかもかなり前・・「これ、車検ないよね?」「ほんなもんいるかい!畑走ってるだけだもの誰も気になんかしゃ~せんよ」「・・・・・」う~ん、欲しかったけど丁重にお断りさせて頂いた。

 又、工事現場で知り合った現場近くの御婆ちゃん、どうやら評判の元気な御婆ちゃんらしい。こちらに別荘をお持ちで時々遊びに来ているそうな・・その御婆ちゃん、どうも東京では大変なお金持ちらしい。ある日、たまたま一緒に昼ごはんを近くのレストランでご一緒した。「あんた、私の車いらんかね」「えっ!」「もう飽きたからアンタにあげる」「えっ!車って御婆ちゃんの乗ってるベンツ?」「ウン、あのベンツさ~あたしが小さいからあたしの体に会わせてアクセルとかブレーキとか特注でいじっているけど、良かったらアンタにあげるわ」「・・・・」これも丁重にお断りした。何せ維持していくだけでも大変そ~だったので。

 そんな訳で今、私の愛車は軽トラでもなくベンツでもなく普通のホンダのCR-Vという四輪駆動の乗用車です。森で生活するには充分な機能を持っています。八ヶ岳に来てからの車遍歴はデリカ、ランクル、パジェロ、オデッセイ、エスクード、CR-Vと気が付けば色々乗って来たけどどれも大体どこでも何にでも使えるといった車が多かったように思う。生活が森の中だったり街に出掛けたりと色々と環境の変化が大きいのでどうしても選ぶとそういうのに対応した機能をもつ車になってしまう。

 昔、大雪が降った次の日に街に出かける用事があって車の屋根に大量の雪を乗っけたまま街の駐車場に止めたら廻りの人達がどうも私の車を指差して笑っている。何故かな?と思ったら、雪が降ったのは山の上だけで下の街には全く降らずに駐車場に止まっている車は皆、綺麗なまま・・どうりで私の車だけが目立つ訳です。

 いずれ念願の畑が持てたら軽トラを買おうと思っています。

2007/02/18

コミュニケーション

 私は子供の頃、友達とうまく遊ぶのが苦手でした。幼稚園の頃からどうしようもないガキ大将だったのですが実は内心では人と会話したり、自分の意見を伝えるのがとても苦手でした。大人になって処世術を何となく学び旨く立ち回る術も少しは覚えて次第に他人からはそう見られなくなって来ましたがそれでもやはり苦手意識は今もあります。

 一時期、凄く他人との会話に悩み、本屋に行ってその手の会話術法みたいなものも少し読んだりしました。その時に学んだのは「人と話そうとするのではなく人の話を聞く」という事でした。話すには苦手でも聞くのは誰でも出来る。その時に少しだけコツが有って、出来るだけその人が話しやすいように話題を展開していくという事です。昔、コント55号の欽ちゃんの本にも人との話方の作法みたいな事が書いてあってとても参考になった覚えがあります。それは、その時の状況、相手が年上か?年下か?立場は?というような事を考えて喋りなさいといった事だったと記憶しています。

 最近、色んな所で人の話しているのを聞いていると特に他人との会話がとても拙くなっているように感じます。主語、述語を省略したり自分が理解しているから相手も理解していると錯覚した喋り方をする機会が多いように思います。

 話は変わりますが私は「北の国から」の倉本さんの作品が好きなのですが何故好きかというと彼の作品のセリフには例えば「僕には分らなかった訳で・・・」のようにそのセリフを聞いた人が色んな感性でそのセリフで最後まで言わなかった残りを想像するという余地を残して広がりを持たせているからです。曖昧かもしれませんが私の感性には凄く合っています。

 近頃、私は相手の顔をジッと見て話すように心がけています。別に睨みつけているわけじゃないですよ。何故かというと私は人の顔を覚えるのが凄く下手な人なんです。どうしても旨く会話出来ないという事が相手の顔を見ていないという事にこの歳になって遅ればせながら気付き(遅すぎっ!)それからは出来るだけ相手の顔を覚えるように話しながら相手の顔の変化や特徴を何となく覚えるように心がける事にしました。

 私もけっして他人と話すのが得意ではないので分るのですが下手な人は会話に参加しようとしない、自分の興味のあることしか参加しない、話しかけても返事しない、そうすると次第に相手も話し辛くなって段々、話しかけなくなるようになります。話の第一歩は挨拶です。オハヨウとかバイバイとか些細な事なんです。明るく大きな声で挨拶するところから会話は始まると思います。

 それと大事なのは自分に殻を作らないという事でしょうか、「ここから先には絶対踏み込ませないぞ」みたいなものを感じる人や「お前みたいな奴と話す必要なんかないんだ」みたいな態度を感じる人もいます。そうすればこっちだって話す気にはならないですよね。友達との会話が楽しいのは同じ価値観でものが言えるからですよね。

 それからもうひとつ相手を敬うという事でしょうか。最近は「タメ口」と言って相手と友達のように話す事が話し方のコツのように思っている風潮がありますがそれは相手に対してさっき言った「お前に気を使う必要なんかないんだ」と言ってるようなものです。相手が年上だったり自分にないものを持っていると思えれば自然と敬語が出て来るはずなんですが最近はそうでもないようです。

 最近、人の会話を聞いててず~とそんな事を感じていました。私自身が会話べたなので凄く言葉のコミュニケーションというものが大事かという事を思い知らされます。しかし私は幾つになっても話すのは苦手です。

2007/02/11

アマチュア規定にもの申す

 私はスポーツ大好き人間である。自分でやるのも好きだけど見るのも大好きである。高校野球も好きだし、春高バレーも、箱根駅伝なんかも大好きである。しか~し!最近気に入らない!何がって、以前も言った事があるけど日本のアマチュア規定はオカシイ!高校総体のバスケット選手で身長2m超えの黒人選手が出て来る。当然、日本人の高校生が手におえるワケがない。まるでプロとアマチュアの試合である。その他のスポーツでも外人選手がよく登録されて出て来る。何故か?勝ちたいからである。でも、アマチュアスポーツの目的とはなんだろう?勝負の厳しさか?それもあるとは思うが私は負けたことから学ぶ事も多いと思う。プロではないのだから・・・

 誤解のないように言っとくが私は外人選手が悪いと言っているのではない。本来の高校生のアマチュア精神からすれば日本に勉学の為に留学してきて、ある一定の期間が過ぎれば日本の高校生として公式戦に参加できるというのなら全く私は賛成である。しかし、今の留学生制度ははっきり言って日本で活躍して企業なりプロのスカウトの目に止まり将来はスポーツを通した人生設計を目指して留学して来ているとしか思えないし、留学生をスカウトしてくる方も試合に勝って学校の知名度を上げようとしているとしか思えない。

 一方、一年生から公式戦に一度も出場出来ずに去っていく選手も沢山いる。彼等も同じ選手として公式戦に参加している仲間を支えてきている。そこへ、海外から体力的にあきらかに差のある選手をスカウトしてきていきなり公式戦に出して勝ったとしても出場機会を奪われた彼等は納得出来るのだろうか?それこそアマチュア精神に反するのではないだろうか。

 今の教育界の問題はメデアが色々取り上げているが私は勉強やイジメだけではなくこういう課外活動としてのスポーツのあり方も歪んでいると思う。大人達が作り上げた歪んだ構造が見えて面白くない!勝てばいいはプロの世界、アマチュアは勝つにはどうすれば良いかを通して人間形成をしていくのが目的ではないでしょうか?高校生のプロ化には反対です。もっと大事なものを是非見直して欲しい。その為にはアマチュア規定の見直しを是非、お願いしたい。

 アマチュアスポーツ大好きな私は、アマチュアスポーツの持つ純粋さが大好きなんです。勝って笑い、負けて泣く、そこには純粋に一生懸命、練習し、耐えて努力して来た仲間にしか共有出来ない感情があるからで、だからこそスポーツは筋書きのないドラマなんだと思うわけです。

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八ヶ岳でのログハウス生活 ---木の家設計施工 森のすまい工房(有限会社アシスト

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